シャーリーズ・セロンがスタイリッシュなスパイとして活躍するアクション映画、ATOMIC BLONDEをレビュー及び 評価、感想、解説、考察。
あらすじ
イギリス諜報機関MI6が、諜報員ロレーンの報告を受ける場面から物語は始まる。
諜報員ガスコイン。
彼の死亡がロレーンをベルリンへと送り出した。
彼はトカレフで頭を撃ち抜かれており、ソ連の介入が示唆された。つまりはKGBの暗躍である。
だが何よりも危惧すべきはガスコインの所持していた、現在活動中の諜報員名簿だ。
これが敵国の手に渡れば世界中の諜報員の素性が明らかとなり、ひいては冷戦を更に長期化させる要因となるだろう。
ロレーンの任務はベルリン局の優秀なスパイ、パーシヴァルと接触し、誰よりも早くこの名簿をMI6へ持ち帰ることだ。名簿を狙うのはアメリカ、ソ連、フランスと手強い相手ばかり。
果たしてロレーンはリストを手に、再びイギリスへ戻ることが出来るのか。
ロレーン

MI6諜報員。ベルリンではエリザベス・ロイドという弁護士に扮した。
窮地からの脱出、多言語習得や情報収集に戦闘と、およそスパイに求められる資質の全てを兼ね備えた逸材。
世界情勢をひっくり返す威力を秘めたリストの奪還に際して、およそ彼女以上の適任はいなかっただろう。
パーシヴァル

ベルリン局諜報員。東西に強いコネクションを持ち、自在に行き来することが可能な人物。
彼もまた独自にリストを狙っており、完全に信用するには危険な相手だ。
本来はスパイグラスが西への亡命と引き換えにガスコインに渡したリストを受け取る手筈だったが、移送中にガスコインはKGBの手により死亡。
やむなく別の手段を取らざるを得なくなった。
視覚効果やBGMへのこだわり

全編で色抜きのされた、いわゆる「too washed」な画面と共に、どこか懐かしいミュージックが流れる。
冷戦時代を強く意識した雰囲気づくりが作品とマッチしているのを窺えるだろう、
だが単純な古さをウリにするだけでなく、そこに現代の撮影技術やスタイリッシュなアクションシーンをミックスすることで、古ぼけた歴史の覚書とは異なるエンターテイメントとしての側面をきちんと兼ね備えている。
特にBGMは「どこか古いのに、アレンジが今風」な、シャレた趣を感じることが出来るだろう。要所で効果的に忍ばされるこれらに注目すると、より深くアトミック・ブロンドを味わうことが出来る。
アクションが良い意味で泥臭い

アクションシーンに小細工はナシだ。スパイたちが互いをぶん殴り、ぶん殴られる。
俳優たちの血の滲むような鍛錬が、シーンの端々に見られる。
特に主演のシャーリーズ・セロンが、美貌にそぐわぬ血みどろの乱闘を繰り広げる終盤は必見。
CGやスタントに頼らず、しかも長回しでファインダーにこれらを収め続けるこのカットでは、制作陣の並々ならぬ苦労が想像できるだろう。
スパイ映画の代名詞といえば「ミッション・インポッシブル」シリーズを思い浮かべるが、この作品ではそれとは違うベクトルでスタイリッシュさを演出している。
それは、「格好をつけないという格好良さ」だ。
気取った台詞回しや、大仰な仕掛けで大迫力を演出するような場面は一切ない。
ただ淡々と実直に、任務遂行を目指すための必要最低限の闘いを描く。それを表現するには、もはやクールという言葉すらも陳腐に思える。
複雑なストーリー展開

スパイ映画の宿命として、複雑なストーリー展開が挙がる。
登場人物たちは序盤で見せたのとは違う立ち位置へ入れ替わりを行い、また各々は真の狙いを悟られぬよう隠しつつ立ち振る舞う。
多くのライトユーザーにとって難関となる、「理解力の要求」というハードルは本作にもまた同じである。
展開を追い切れないと単なる殺し合い、という結果のみを掬うことになるだろう。
アトミック・ブロンドでは、ややスピード感のある構成に追いつき辛い部分もあるように思えた。恐らく多くのライトユーザーは「なぜ?」という疑問符を拭えぬままにラストシーンを迎える。
だが一方で簡略化や過剰なまでの説明描写を挟めば、作品が陳腐になることは免れない。
制作はこの映画の持つ雰囲気を損なわぬよう、敢えて疑問符を視聴者に抱かせたままにすることを選んだ。
あとはそれを反芻するのかは、我々に委ねられている。
評価
濃厚で泥臭く、地に足の着いたスパイ映画。アトミック・ブロンドを評するにはそういう言葉がぴったりだ。
謎解き、アクション好きには文句無しでお勧めの一作だった。
以下、考察及びネタバレ注意。
勝者は?

エンディングまで見た方には周知だが、結局最後に笑ったのはCIA、つまりはアメリカである。
ではここに至るまで、各諜報機関の側から分析を行おう。
MI6
MI6は手飼いの諜報員として、ベルリン局所属のパーシヴァルと国内滞在中のロレーンをリスト奪還に送り込んだ。
だがMI6としてはロレーンを送り込んだ真の狙いはあくまでパーシヴァルの信頼性を確かめるためのものであり、ガスコインの死によって疑いの眼差しを彼らが持ったためだ。
またリストの最重要人物として「サッチェル」という諜報員の存在が挙がる。
この人物は多国を相手に多重スパイを働いている曲者で、イギリス首相や女王陛下の指示で特定を急いでいた。
サッチェルの正体を暴くことでイギリスの利益になると考えたMI6は、なんとしてもリスト、或いはスパイグラスを確保したかった。
結果的にロレーンが暴いた真実はパーシヴァル自身がサッチェルだったという驚愕の事実だ。
KGB職員と彼の密会を撮影した写真が動かぬ証拠となり、それは確かなものとして裏付けられる。
ソ連へ情報を横流ししていた人物を長年重用していたという事実はMI6にとって大変な痛手であり、この一件は闇へ葬られることが決定する。
KGB
まずリスト奪取のためにガスコインをバクティンに殺させた。だがバクティンは生粋のKGB職員ではなく、金で動く殺し屋だ。彼はリストが大金になると踏み、KGBを裏切って、より高くこれを買う諜報機関に売ることにした。
バクティンを追いかけるKGBだが、簡単には見つからない。であれば、リストを狙う他国の力を利用するのが得策と踏む。
そこで二重スパイであるロレーンをMI6経由でベルリンに潜り込ませ、パーシヴァルとの連携を装ってリストを奪うように命じた。
その中で接触を持ちかけてきたパーシヴァルからロレーンの東ベルリン脱出計画を知る。
この段階で彼はロレーンの正体がサッチェルであるとKGBに告げ、彼女の始末を頼む。
アメリカの手先として三重スパイを働いていた彼女の真の姿を知った彼らだが、ひとまずはリストの確保を優先した。
最終的にリストを手にしたロレーンとKGBはフランスで面会するが、無論裏切り者の誅殺も兼ねている。しかしその先を読んでいた彼女の手腕により、結果的にリストは手に入らず、また実働部隊も全滅の憂き目にあった。
しかも彼女は「偽情報に踊らされて、鉄のカーテンを壊した」と言い残し。
CIA
最優先目標は、冷戦下にあるソ連の弱体化だ。東ベルリンに強い影響力を持つソ連に対し、アメリカはこの国を分かつ東西の壁を破壊することを目的とする。
そこで諜報員名簿というリストの存在をでっちあげ、スパイグラスにそれを入手させる。CIAにとってはリストの行方よりも、高度な情報戦で摩耗した各国のバランス崩壊を狙う。
ロレーンをKGB、そしてMI6経由で三重スパイとして送り込み、諜報員同士を争わせ、偽りの聖杯争奪戦を演出。
そしてベルリンの壁は崩壊した。求心力を失うソ連に、アメリカの狙いは的を射たのだ。
偽情報?

ロレーンはリストの存在を「偽情報」と言い切った。だがこれは、事実だろうか?
リストの信憑性がそもそもゼロで、根も葉もないデマであればラストシーンでエメットが大事そうに腕時計をしまい込むのはおかしい。
その上パーシヴァルはサッチェル=ロレーンであることをKGBに告げ、また彼らはサッチェルがCIAに通ずる者だと判断し、始末することを選んだ。
更にロレーンはサッチェルの正体をわざわざパーシヴァルであると偽装し、MI6に報告する。
これらのことや、リストを閲覧するパーシヴァルの目に見覚えのある人物の名がずらずらと現れるシーンから、そもそもの諜報員名簿としての価値は存在していたと考える他ない。
リストの存在をスパイグラスが発見したこと自体は仕込みであるが、かと言ってその存在そのものが否定されるような代物ではなかったのだ。
では何故他国に渡れば大きな損失を被るリストをわざわざ作成したのか?
信憑性の保持
リストを閲覧した人間が、少しでもその内容に疑いを持てば今作戦は成立しない。その為ある程度実在の諜報員の名前を連ねることで、記憶力に優れたスパイたちの目を誤魔化さねばならない。
が、疑問なのはサッチェルの正体についてだ。
作戦に動員されているロレーンの正体を晒すのは、どう考えても馬鹿げた挑戦だ。彼女の死亡はすなわち作戦の失敗を意味し、東西の壁は破壊されることがなかっただろう。
本来ならば彼女の名前だけは別人にすり替える必要があり、だがCIAはそうしなかった。
何故か?
意図せず漏洩した情報を利用した
ピンチをチャンスに。この説では偶然機密情報を入手したスパイグラスを、都合よくソ連打倒のために利用したという形になる。
ロレーンの指した「偽情報」とはリストそのものではなく、リストを巡る攻防戦自体を意味したことだった。
この場合最終的にリストをアメリカが手にすることは必須条件であり、かなり危険な賭けではある。
CIAも状況を掌握していない
この説では、ロレーンがCIAすらも騙している、四重スパイである可能性を示唆する。
実はパーシヴァルが閲覧したサッチェルの正体、つまりロレーンの本当の所属機関は明言されていない。
CIAはガセネタであると思い込んでいるリストの存在だが、ロレーンにとっては全く違うという説になる。
思い返すと「偽情報」と言い放った場面では付近にCIA職員が控えており、彼女とCIAの本当の目論見が異なるのであれば、あの発言はKGBでなくCIAに向けたブラフだった。
自身の真の姿が記されたリストを奪うことは彼女にとってマストであり、またそれをそのままそっくりCIAに渡すことは考えられない。
なのでエンディングでエメットに手渡した腕時計はまたも細工の施された偽物であり、彼女の真相を記したものは既にこの世に存在していないと思われる。
果たして彼女の真の雇用主は、誰なのだろう。
パーシヴァルの狙い

パーシヴァルは結局のところ、何を目標としていたのか。
リストを届ける先
これについてはMI6だと考えられる。彼は最後までイギリスを裏切っておらず、最も忠実で優秀な諜報員だったということだ。
一度、CIAのエメットと会話をするシーンがあるが、ここで彼はリストの所持をアメリカ側には洩らさなかった。これはロレーン生存の報を素早く受けているエメットに対して、彼らが裏で結託していることを察知したからだろう。
表向きで協力関係にあるMI6とCIAだが、実態には乖離がある。
ここでリストを渡さなかったのは土壇場で機転が利いている流石の判断力だ。
スパイグラス銃撃
冒頭ではスパイグラスを亡命させると約束した彼だが、デモ行進中に彼を撃つ。
これはリストの現物が既にパーシヴァルの手中にあったことと、裏切り者であるロレーンを確実にKGBに始末させるためだ。彼にとっての優先順位はリストをMI6に届けること、すなわちサッチェルの正体を暴くことにシフトされた。
国益のためには、やむなき犠牲であると割り切ったのだろう。
ロレーンを殺さないワケ
正体を知った上で、なぜ直接ロレーンを殺さなかったのか?
まず、あくまでMI6所属員として行動しているロレーンを自ら殺害すれば不当な同士討ちであるとして追及は免れない。
更にパーシヴァルは彼女を見くびらなかった。恐らくスパイとしての手腕が自分よりも格段に上であると確信した彼は、危険な橋を渡ることを避けた。
KGBが首尾よく彼女を始末すれば良し、そうならない時は、速やかにMI6へリストという証拠を届けるだけだ。
デルフィーヌ殺害
フランス諜報局員であるデルフィーヌだが、彼女は今回のリスト争奪戦においては蚊帳の外、取るに足らぬ木っ端諜報員だった。取り立てて役にも立たないし、放っておいてもそれほど害もなさそうな。
しかしパーシヴァルの侵した失態として、腕に巻いた包帯に盗聴器を仕込まれたことが挙がる。これによりKGBとの癒着を示唆される証拠を握られた。
実際のところはMI6を裏切っているロレーンを始末するためにKGBを利用しただけだったが、この件を帰国後に追求されれば自身の立場を危うくする。
脇の甘く、後ろ盾の弱いデルフィーヌを殺害しようと思わせるのは、彼にとっては容易いことだった。目論見は達成したものの、証拠については隠滅する間もなくロレーンにそれらを握られた。
ベルリンを愛している
最後に放った彼の言葉は「俺はベルリンを愛している」だった。
ロレーンの真の目論見を知った彼には、衝撃だったろう。なにせ居心地のいいベルリンという、愛する我が家を崩壊させようというのだ。
着々と壁の崩壊は進み、彼の理想郷も消えていく。最後に望みを託したリストすら結局はロレーンに奪われ、そして裏切り者の汚名を着せられて彼は死んでいった。
終わりに
複雑で難解なストーリー構築を選んだアトミック・ブロンド。
深読みするのが楽しい作品だった。
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