イラクで棺に生き埋めにされた男を描くスリラー映画、Buriedをレビュー及び評価、感想、解説 、考察。
あらすじ
イラクで台所用品の輸送を生業にしている、宅配ドライバーのポール・コンロイ。
ある日彼は襲撃を受け、目を醒ますと暗い棺の中だった。
手元に残された携帯電話で必死に助けを求めるのだが……。
ネタバレ概略
- 1.拉致イラクで運送業に従事するポールは、ある日、目を醒ますと暗い棺の中に居た。
- 2.連絡棺に放り込まれた携帯電話を使ってアメリカ本土に連絡を入れるポール。
しかし誰も彼もが要領を得ず、まともに取り合おうとしない。 - 3.プロ幾たびかのたらい回しを経て、ようやくポールは人質事件のプロフェッショナルであるブレナーという男を紹介される。
- 4.要求テロリストと思しき男から連絡が入る。彼はアメリカの屈辱になるような内容のビデオを撮影し、それを送れとポールに言う。
死にたくない一心で了承するポール。 - 5.同僚同僚で不倫相手でもある、パメラが同じく拉致されていたことが判明。彼女は尋問の挙句、射殺されていた。
- 6.砂アメリカ軍の空爆の影響で、棺に砂が入り込み始める。
目に見えて時間が失われる中で、更にテロリストから連絡が入った。 - 7.脅迫ポールの素性を調べたテロリストは、アメリカに居る家族を話に持ち出した。
指を切り落とす動画を撮らなければ、家族の命は無いと脅されるポール。 - 8.誤認指を落としたポール。その時ブレナーから救助の目途を知らせる電話が入った。
だが彼が棺を確認すると、それは別の拉致被害者の骸だったと言われる。 - 9.生き埋め砂の中に埋もれていくポール。
舞台は棺の中のみ

明かりすら差さない、暗い棺の中だけでストーリーは展開する。
これはさながら、初代ソウを彷彿とさせるシステムだ。
ポールはライターや携帯電話、ケミカルライトスティックなどで我々にその姿を示すことになる。
これは明度を保つメタ的な意味合いもさることながら、彼が暗所で感じる恐怖感を鋭敏にもたらす働きも行う。
誰しもこのような暗闇で、正気を保ち続けることは出来ないだろうから。
この一貫したステージを用いることで、絶望的な状況を表すことは完遂した。
一方で不満の声を拾うと、
「脱出へ向けた行動を求めたい」
「同じ場面を見ているのは食傷気味」
このような声になる。
確かに、裏で走るサイドストーリーをいくらか絡めても良かったようには感じる。
FBI側やテロリスト側など、詳細でなくとも部分的に画面を切り替えることが可能な場面はいくらかあった。
しかし一方で、何もかもが棺の中からしか見えない不明瞭な状況というのは、観客に多くの解釈の幅を与えた。
実際に本作は裏設定の存在を噂する声が多々あり、我々の想像力は大きく掻き立てられる結果になった。
このような動向は恐らく制作側の狙い通りであり、すなわち描写の成功を意味している。
軽薄な人々

作中でポールが助けを求める人々の誰しもが、彼の窮状へ真摯に向き合わない。
命の危機に瀕してなお、身元の確認や規定の手続きを優先されるのだ。
棺の中では、こうした一種の冷たい社会の縮図を示したことになる。
これら煩雑なシステムに苛立った経験を持つ方は多いだろう。作品は明確にそうした共感を喚起しており、それは完全に成功している。
だがこういった正規手順を完全に排しては、社会は成り立たない。許されるのは今回のような非常時のみだ。
つまり電話の相手は誰もが、正しくポールの現況を認識していない、或いはしようとしない。
最低最悪の犯罪、人質ビジネス
世界中の様々な人間は、今この瞬間も拉致監禁により、身代金要求をされている。
これは一時期、”人質ビジネス”という流行があったことに起因する。
つまり政治や宗教の思想云々の前に、仕事として人命を盾に金銭を頂こうという不貞の輩が増えたのだ。
正味なところ、この人質ビジネスはやった者勝ちな部分がある。
要求に従えば単純に儲かり、突っぱねられれば「人質を見捨てた非道国家」と罵る材料が生まれるからだ。完全なヤリ得である。
この犯罪の巧妙な部分として、対応を迫られる国家をどう足掻いても悪者に仕立てられることだ。
またそれに伴い、国民たちを疑心暗鬼に陥らせる働きも持つ。
苦渋の二択の先に、どちらも栄光の未来は無い。
- 危険を知ってて渡航したんだろう
- 自己責任
- 可哀想だけど、テロリストには従えないよね
- 恥さらし
上記は危険な国家へ渡航したため、テロリストに身柄を拘束された者へ寄せられた意見。
こうした意見を自然と漏らす者たちは、テロリストの思惑にまんまと乗せられていることになる。
この冷たくよそよそしい棘のある言葉こそ、テロルを目論む者たちが欲してやまない、それそのものなのだから。
作中で電話の男は、しきりに自らを「俺をテロリストと思うか?」「テロリストじゃない」と主張する。
家族の話を用いて、同情を引こうともする。
テロの定義を曖昧にぼかす。
復讐の応酬だと、先手を打ったアメリカを非難する。
こうしたまやかしの言によって自己正当化を図る暴力集団は、その理解を他者にも強いるのだ。
現代において珍しいほどはっきりと明示されている悪のカタチである、テロリズム。
しかし巧みな印象操作によって、実際に対面した折に我々はこうした事実を見失いがちだ。
作品のテーマに「反戦」が含まれていると、ある者は言う。
しかし唯一無二の、不変なるテーマ。それはテロリストは絶対悪、ただそれだけだ。
死を覚悟した者

作中のある段階で、ポールは自身の死を悟り、それを受け入れる。
これは、「キューブラー・ロスの死の受容過程」を意識した構成である。
主に不治の病に対して用いられるこれだが、目に見える死期を前にした架空の登場人物にも、驚くほどこの法則は当てはまることが多い。
- 第一段階否認現状を受け入れず、周囲と距離を置く。
- 第二段階憤慨現実が覆らない時、自分の運命を呪う。
- 第三段階取引死を逃れるため、神的存在に取引を持ちかける。
- 第四段階抑鬱どう足掻いても逃れられない死の定めに、鬱状態になる。
- 第五段階受容死の運命を受け入れ、心に平穏が満ちる。
いくつかの段階は飛ばしているものの、死期を受容したポールには第五段階の平穏がもたらされる。
逃れられない運命を受け入れ、足掻くことをやめたのだ。
遺言を残すシーンでは、不思議なほど穏やかな表情を見せる。
しかし運命は残酷だ。
一度は死を受容したポールだが、再び救いの可能性を見出してしまう。
それがまた皮肉にも、テロリストの生存なのだから笑えない話だ。
一度死を覚悟した者は驚くほど潔く、力強くなる。
シリアルキラーの多くは、捕らえた被害者に完全なる絶望は与えないという。一縷の望みを残すことで、彼らが生に縋りつくことを知っているからだ。
余談:死を前にした者の底力
この人間の習性は、古来から戦術にも用いられる。
背を川にして、自兵の退路を断ち、死力を奮いださせる陣形になる。
有用性については諸説あるが、これには死期を明確にされたことで第一段階~第三段階の底力を引き出す効果があるとされる。
また攻城戦においても、攻める側は退路を完全に塞いだり、食糧を封殺することは愚策であるとしている。
窮鼠猫を噛む。
追い詰められた者は、逆に甚大な被害を与える力を持つことがある。
優れた将は攻城の仕上げの折には、退路を敢えてひとつ残し、そこから逃げ出す敵兵を掃討したという。
評価
閉所恐怖症の方以外にはオススメだ。
以下、考察及びネタバレ注意。
事件の真相は?

最終的に生き埋めとなり、死を迎えたポール。
事件の真相は、概ね二通りに分かれる。
額面通りの事実説
これが通常ルートになる。
一見して矛盾はなく、この額面通り事実を受け入れるのが最も正しいかに見えるだろう。
しかし思い返してほしい。
作中で電話をかけた時に、奇妙な演出が起こる場面がいくつかあったことを。
次項で解説する。
ブレナー、ブラウニングがテロリスト説

この説を推そう。
- 第一の疑問点
国務省から担当官ブラウニングへ転送された際、彼女は既にポールの名前を知っていた。
一度は疑問に感じた彼だったが、CRT社からの報告があったということで納得することとなった。
またブラウニングからは、人質救出のスペシャリストのブレナーを紹介される。
- 第二の疑問点
ブレナーに転送された電話。この時、妙にコール音が長く、更にポールが妙な物音に気付いている。
- 第三の疑問点
非通知設定という理由でブレナーはポールの使用する電話番号の割り出しが出来なかった。
技術的な面で速度不足ならば理解は出来るが、そもそもポールにそのことを指摘された際、ブレナーは歯切れが悪そうにしている。
回収されることのないこれら伏線は、一見して無意味な演出にも見える。
しかしこの映画は紛れもなくフィクションであり、すなわち無為無策なシーンなど存在しないのだ。
全ての場面には何らかの意味があり、それを追求することで見える真実がある。
疑問の解
- 第一の疑問点の解
すなわちブラウニングは国務省担当官でなく、ポールの味方を装った犯人一味になる。
予め用意された携帯電話というのがキモだ。
独自回線を辿って通話が行われ、全ての会話が盗聴されているという前提であれば不可能ではないのでないだろうか。
技術面で疑問が残るものの、ブラウニングがポールの名前を知っているのはこれが最も自然な説になる。
なぜならパメラの身柄を押さえた時点で、ポールについてのある程度の情報は入手済みだからだ。
- 第二の疑問点の解
ポールが彼に電話をかけた際、驚くべきことに棺の真上に居たのだ。
彼が慌てて部屋を出る物音にポールは気付いたことになる。
あの場面を伏線とすると、最も自然で違和感の無い解はこれ以外に無い。
親身にポールを捜索するようなそぶりを見せるその裏で、ブレナーの正体は彼の見張り役兼、誘導役だったことになる。
- 第三の疑問点の解
そもそも把握済みだからだ。
ブレナーが電話番号追跡に言及された際にどぎまぎしていたのは、意表を突かれ、用意していない回答を迫られたからに他ならない。
ポールに「番号がわかった」と言われ、「まさか」と思わず本音が出ている。
ブレナーの詳細な身元の説明が行われない
この説を裏付ける理由として、ブラウニングがブレナーに関して、
このような説明しか行わない。
本来であれば所属機関諸々の、くどい前書きを示すはずだ。
にもかかわらず彼女はまるで、内緒ごとのように密かな声色で彼の紹介を行う。
そこに明確な身元の説明は一切含まれない。
またブレナーはラストシーンで、米軍と連携を行った節を語る。
これには軍部と密な連携を取ることの可能な機関に所属することは必須であり、国外活動中であることを鑑みると、CIAがその代表例になる。
が、仮にブレナーが諜報員だったとしても、死にかけているポールにまで身元を隠す必要は皆無だ。
ポール捜索は全く行われていなかった
国務省の電話をジャックされた時点で、ポールの現況は全くアメリカ政府に伝わっていないことになる。
FBIには一部情報がもたらされたものの、中途半端なイタズラと思われたのが関の山だろう。
ちなみに電波状況が悪くなる場面では、ブレナーが意図的にジャマーによる電波妨害を行っていたと思われる。
またCRT社には情報は伝わったが、彼らがポールを足切りしようと画策したことからも、政府側に救助要請を出しているはずがない。
マーク・ホワイトは実在したのか?

人質事件の生還者とされたが、実際には死亡していた事実が判明したマーク・ホワイト。
彼に関して考察しよう。
ここではブレナーが本物の捜査官である場合と、テロリストである全てのケースを推察する。
- 実在しており、ブレナーが過去に捜索するも消息不明
- 実在しておらず、ポールに信用を与えるためにブレナーが用意した架空の生存者
- 実在しておらず、ポールに絶望感を与えるためにブレナーが残した悪意
- 実在しており、ポールに絶望を与えるためにブレナーが殺害した被害者を呼称した
1と2はブレナー捜査官説、逆に3と4はブレナーテロリスト説に基づく。
1.実在しており、ブレナーが過去に捜索するも消息不明
過去にマーク・ホワイトの捜索を行った彼は、手がかり不足で捜査を打ち切った。
しかし今回の事件を機に、偶然にも彼の棺を見つけ出すことになった。
ポールに対してついたウソである、「彼は帰国した」という言葉も、安心感を与えるためと考えればそれほど違和感は無い。
ただしこの説は、あくまで彼が真にアメリカ国民を助ける捜査官であることを前提としており、前段で並べた数々の不審点を含めると怪しげな仮説に思えるだろう。
2.実在しておらず、ポールに信用を与えるためにブレナーが用意した架空の生存者
この説は最も信憑性が無い。
仮にポールに安心感を与える体であったならば、ラストシーンでマーク・ホワイトの名前を口にする必要は皆無だ。
死にゆく者へ不安と絶望を与える働きしかもたらしていない。
また架空の人物の棺を見つけているという状況そのものが意味不明になる。
よってこの説はほぼ否定される。
3.実在しておらず、ポールに絶望感を与えるためにブレナーが残した悪意
ここからはブレナー=テロリストに基づく。
全ての状況は最終的にポールが絶望の中で死んでいくことを想定していた。
よって生き埋めの中で希望を敢えて持たせることで、彼に一縷の望みを残したのだ。
エンドロール直前に放つ、「本当にすまない」という和訳だが、英語では「I’m Sorry」になる。
周知のようにI’m Sorryには、「謝罪」と「お悔み」の両方の使い方がある。
そしてこの状況下では、どちらの意味も通ずることに気付いただろうか。
そう、ブレナーは最後にポールへ謝ったのではない。
4.実在しており、ポールに絶望を与えるためにブレナーが殺害した被害者を呼称した
最も強い説がこの4番になる。
ブレナーがテロリストであるならば、既に手掛けた誘拐事件は多数あるはずだ。
その中のひとつを選んで語るならば、齟齬も無く真に迫る話が提供出来る。
敢えて架空の人物を騙る必要はなく、殺した誰かを思い出すだけでいいのだから。
最終的に呟いた「I’m Sorry」に関しては、3番と同じだ。
テロリストの目的は?

まず金ではない。
最初に500万ドルという破格を要求しながら、すぐに100万ドルまで値引く太っ腹を見せた。
また受け渡しなどの具体的な話は一切しておらず、捜査官への取り次ぎも求めていない。
つまりハナからポールは殺される運命にあり、また金を受け取るつもりも毛頭なかった。
目的は動画
「アメリカ人が政府の救助を得られずに死ぬ」
この画が欲しい。それのみが唯一の目的だ。
そのためにわざわざ携帯電話を棺に同梱したのだから。
ショッキングな生き埋めを動画サイトへ投稿し、アメリカの求心力を削ぐ。
これこそ、テロリストたちが目指した最終形態になる。
が、万一もある。政府側への通話によって位置の割り出しが行われれば、計画は頓挫する。
それ以上に、米軍が動き出せば掃討のリスクも抱えることになる。
よってポールに持たせる携帯電話への細工は必要不可欠だ。
かと言って、通話機能を大幅に制限しては救助の見込みを持たせられない。そうなればすぐに生への希望を失うだろう。
従って、望むような映像は入手出来ないことになる。
考えた末、重要な連絡への割り込みを思い付く。
実際に行われない捜索を期待させることで、生きる希望をギリギリで残すのだ。
伏線洗い出し
ここまでに判明した伏線と疑問点を再度書き出そう。
- ブラウニングがポールの名前を知っていた
- ブレナーの身元が詳細に語られない
- ブレナーに電話時、コールが長すぎる
- ブレナーに電話時、物音をポールが聞いている
- ブレナーがポールの電話番号を割り出せない
- ポールが自分の携帯電話の番号を見つけた際、ブレナーが驚いている
- ブレナーが米軍と連携出来る機関員と示されない
- ブレナーが絶妙なタイミングで生存の希望を持たせる
- 意味深な「I’m Sorry」
タイムライン

以上から、事件の真相をタイムラインで立てる。
- 1.襲撃CRT社のトラックを襲う。
ポールを確保し、同時期にパメラも捕らえる。 - 2.情報捕捉パメラからポールの情報を吐かせる。
同時にビデオ撮影を行い、処刑する。 - 3.生き埋めポールを生き埋めにし、細工した携帯電話を同梱する。
- 4.割り込み国務省に連絡された際、ブラウニングに担当官として割り込ませる。
そのままブレナーの電話に転送を行った。 - 5.撮影都合良くビデオを撮影出来るよう、テロリストの男で折った心をブレナーが修復する交互の連絡を手段とした。
- 6.空爆予期せぬ空爆が起こる。
- 7.仕上げ用済みになったポールを殺すため、砂が入り込むように上板に圧力をかけた。
- 8.お悔みI’m Sorry.
終わりに
単純な捉え方で納得出来ない伏線が多々あるため、このような仮説を立てた。
真相は不明だが、穿った見方で見える真実もあると信じたい。
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