ニール・アームストロングの伝記に基づいた月面着陸の秘話を描くヒューマン映画、First Manをレビュー及び評価、感想、解説。
あらすじ
ニールの娘は幼くして脳腫瘍を患い、治療の甲斐なくわずか二歳でこの世を去った。
その日から彼は月を目指すことになる。NASAのジェミニ計画に志願すると、ニールは見事に採用試験をパスした。
だが偉業の達成は一筋縄ではいかない。いくつもの悲劇や挫折を繰り返しながら、いつしか彼は月へ行くことへ強迫じみた感情を感じ始める。
動と静

驚くほどにメリハリの利いた演出が特徴的な本作。地上であれ宇宙空間であれ、一方で激しいパッションを生み出すかと思えば、また一方では神域のような静謐さを表現する。
”動”の骨頂は宇宙空間でのトラブルのシーン。轟音と振動を通して、彼らが味わう焦りや恐怖が手に取るように感じられるだろう。
ジェミニ8号の加速度的に回転を増していくシーンでは、下手なホラー映画よりも格別な恐ろしさを感じる。
対して”静”は、やはり月面到着の場面だろう。
船内のエアがパージされた瞬間、痛いほどの無音と荒涼とした月面が剥き出しになる。
冷え冷えとさらけ出された真っ暗な空と粒上の大地を前に、不思議なほどの優しさを感じるかもしれない。
この極端な緩急は主に、寡黙な男として知られるニールの性格をうまく表すテクニックと考えられる。感情をほとんど吐露せず、周囲に理解を求めない彼の姿は”静”をこれでもかと見せつける。
対して”動”では、順風満帆には進行しなかった計画の困難さや、過程で犠牲となった仲間たちの慟哭すら感じる。
カメラワーク

随所でカメラはハンドヘルド(補正無しの手持ち)が選ばれ、その扱いぶりに素晴らしさを感じる。
ズームイン/アウトで感情を表現するテクや、視点の振り方で思いを表す部分では、百戦錬磨の意匠ぶりを感じずにはいられない。
最もこれが冴えたのが、ニールが自宅で家族との会話をするシーンだ。妻が煙草に火をつける場面や、無邪気に子どもが遊びをせがむ場面。
カメラマンの妙技を意識して画面を見つめると、いかに腐心して場面を表現しているかが窺える。
また手ぶれの補正を効かせ過ぎて無機質なカメラワークの多い昨今において、今作では血の通ったカメラムーヴが見られる。軽々にクレーンなどの水平補正には頼らず、あくまで手持ちの随伴にこだわるのだ。
補正の無いステディやハンドヘルドカメラはリテイクの原因になるため、往々に嫌われる。
またライトユーザーは酔いやすいという側面もあるため、業界はいかに手ぶれを無くすかに心血を注いできた。
しかし前述したようにそれに伴ってカメラワークというものは、どんどん無機質で人間味を失いつつある。クレーンやレールによる安定した水平視点は状況把握では最良の結果を生み出すが、一方で人間の内面を映す場面では無感情に陥りやすい。
状況に即した使い分けの、非常に上手くハマった本作。素晴らしいカメラ捌きにエールを送りたい。
ビクトリームービーではない

本作の高評価な側面として、宇宙開発戦争の勝利を上げたNASAを称えるものでないことが挙がるだろう。
マクロとしての万歳ムービーでなく、あくまでニール個人の心模様を読み取ると言うミクロに徹した。
元々彼は非常に寡黙がゆえ、帰還後も公にミッションの全貌を口にすることはなかった。
彼に死別した娘が居た、というのもそうそう知られている事実でなく、インタビューや情報の断片から苦心して汲み上げたシークレットな一面だったようだ。
動機、執念、感慨。
そうしたニールの内面が主役であり、物語が進行していくと行動の規模に反して、描かれるファクターはどんどん狭まっていく。
最終的には月面に降り立った時、彼の周囲のノイズは全て消える。
クレーターを眺めてそこに見たのは、遠い地球のかつての光景。幸せな時間の残滓。
宇宙では不思議な存在を感じるらしい
宇宙空間を体験した者の多くが、
これを強く感じるという。
当時の交信で、「今そこに天使が居る」「神の啓示を受けた」という旨の言葉は多く残されており、宇宙旅行という科学の先端において、本来は相反する宗教的概念に触れたと言うのが奇妙で、なおかつ神秘的だ。
中にはこのような発言を「無重力の影響で脳に血が巡らず、妄想を見ることがある」と断する意見もあるが、一方でオカルトファンの界隈では概ね肯定的に捉えられている。
ラストシーンである、
彼らは説明できない”美”を見たのだ
これについては象徴的なものでなく、実際に何かしらの事象を目撃しているのが有力だ。
作品の形式上オカルトやSFには寄せられないためにこの部分を深掘りされることは無かったのだが、思うにニールは月面のクレーターに、本当に娘との姿を見たのだと考える。
国家や人類でなく、個人にフォーカスしたことで得た月面旅行の内面的描写。
真実は我々が気軽に宇宙旅行を楽しめる時、明らかになるだろう。
評価
ヒューマンドラマとしては一級だが、コアSFファンにはやや物足りないかもしれない。
コメント