バットマンシリーズにして、タイトルから主役の名前を消した名アクション映画、The Dark Knightをレビュー及び評価、感想、解説、考察。
あらすじ
舞台は再び、犯罪都市ゴッサムシティ。
マフィアの貸金庫から6800万ドルもの大金を盗んだジョーカー。
銀行の痕跡から全ての金を押収されることを恐れた中国人会計士ラウは、マフィアらの残りの全ての金を持って香港に高飛びした。
だがバットマンの手により、ラウはあえなく牢屋入りした。
ゴッサムシティに赴任したてのハービー検事は、ラウの証言でマフィアの一網打尽を図ろうと目論んだ。報復を恐れた市長らはこれを止めるが、彼の意思は固い。
この行動に感銘を受けたバットマン=ブルースは、彼にヒーローとして表舞台に立ってもらい、いずれは身を引くことも考慮し始める。
だがその裏で、ジョーカーの恐るべき陰謀が魔手を伸ばし始めていた……。
ネタバレ概略
- 1.銀行強盗ピエロのマスクを被った強盗団が、鮮やかな手口で銀行を襲う。
しかし彼らは奇妙な仲違いにて、徐々に同士討ちで数を減らしていく。
やがて最後に残った本物のピエロ=ジョーカーひとりだけが、6800万ドルを手に、その場をあとにした。 - 2.ハービーゴッサムシティを犯罪から守るバットマンだったが、ひとりの身では限界がある。
新たに街に赴任した検事ハービーは、犯罪に満ちた街のシステムを一新しようと発奮する。 - 3.世代交代ハービーと知り合ったブルース=バットマンは、表舞台で正々堂々と悪と闘う彼の真っすぐな熱意に感銘を受け、ハービーこそがゴッサムシティの善を名乗るに相応しい男だと判断する。
バットマンという役柄はいずれ消えていき、この新任の検事がヒーローとなる未来が来るだろう、と。 - 4.移送マフィアの資金を香港の投資ファンドへ移した会計士のラウ。
ゴードン主体の銀行捜査は空振りに終わり、マフィアの一掃は儚く砕けた。 - 5.闖入マフィア会議の中に、彼らの金をくすねたジョーカーが単身乗り込んでくる。
彼はバットマン殺害を全資金の半分で請け負うと言った。
しかし金を盗んだ張本人であるジョーカーは逆に懸賞金をかけられ、追いかけられることになる。 - 6.追跡資金押収が空振ったことで、事前に情報を流したスパイが警察か検察のいずれかに居ることが判明した。
責めあうゴードンとハービーだったが、バットマンは香港に飛び、ラウを捕獲することを約束する。 - 7.取引捕らえられたラウは市警に留置される。彼は減刑と引き換えに、顧客情報を渡すと約束した。
しかし刑務所では口封じの恐れがあるため、警察の留置所に拘留され続けることになった。 - 8.逮捕ラウの証言により、マフィア全員の共謀罪が成立した。
令状を出された彼らは、まとめてゴードンに逮捕される。 - 9.市民ジョーカーは市庁舎のビルから、バットマンに扮していた自警団の男を首吊りに処した。
彼は死体に抱かせたビデオレターに、「マスクを脱いで顔を見せるまで、毎日市民をひとりずつ殺す」とした。 - 10.パーティハービーの資金集めパーティを開いたブルース。
そこで彼は、バットマンの後任にはハービーこそが相応しいとレイチェルに告げた。 - 11.予告偽物バットマンの遺体から別人のDNAが三種検出される。ゴードンはこれを、ジョーカーの次の殺人の予告と捉えた。
その三人とは、マフィア事件の担当判事、市警部長、そしてハービー検事だった。 - 12.襲撃判事は爆殺、市警部長もゴードンの目の前で毒殺される。
そしてブルース主催のパーティのさなか、ジョーカーはハービーを狙いに乗り込んでいく。 - 13.失敗ハービーだけは守り通せたものの、マフィア事件の立件が困難になったは間違いない。
ラウの命も危険であると感じたハービーは、彼に防弾チョッキを渡す。 - 14.露見ウェイン社との取引相手であるリースは、過去の資料からバットマンの正体を見破る。
彼は見返りとして多額の口止め料を毎年支払うように求めるが、CEOのルーシャスはこれを一蹴した。 - 15.式典殉職した市警部長のために開かれた式典。捧げ銃を行う部隊を丸ごとすり替えたジョーカーは、公衆の面前でスピーチを行う市長に実弾の入った捧げ銃を向けた。
間一髪、ゴードンは市長を守る。
しかし彼は身代わりに凶弾に倒れ、そのままこの世を去った。 - 16.決意あらゆる手段でジョーカーを追うバットマンとハービーだが、混沌の化身は決して見つけ出すことが出来ない。
そこでバットマンは最後の手段として、ハービーに会見を開かせ、そこで自分の正体を明かすことを決意した。 - 17.自白会見の場でハービーは、「自分がバットマンだ」とウソの自白をし、その場で逮捕されることになった。
バットマンとハービーが、互いにゴッサムシティを守れるのは相手だと信じた結果だった。 - 18.護送護送されるハービー。その車両を、現れたジョーカーが襲撃する。
バットマンは”犯罪者を殺さない”という信念を逆手に取られ、ジョーカーに捕縛される。
だがそんな彼を救いジョーカーを遂に逮捕したのは、死んだはずのゴードンだった。 - 19.スパイ拘置所でジョーカーの尋問を行うゴードンだったが、ハービーの消息が消えていることに気付く。
彼はマフィア幹部のマローニが忍ばせたスパイに言及し、それがゴードンの配下に居ると告げた。 - 20.対面拘置所に現れたバットマンがジョーカーと対面する。
暴力的な尋問にも屈さず、むしろ楽しんでいるかのようなジョーカー。
彼はそこで、ハービーとレイチェルがあと数分で死ぬことを告げられた。 - 21.急行バットマンがレイチェル、警察がハービーを救いに向かう。
なんとか時間直前に現場に着いたバットマンがそこで見たのは、レイチェルでなくハービーの姿だった。 - 22.電話拘留から逃れたジョーカーは、警官を人質に電話を要求する。
電話をかけるジョーカー。その時、牢屋に居たジョーカーの手下の腹から呼び出し音が鳴った。仕込まれた爆薬で爆破される拘置所。 - 23.死爆発に間に合わず、レイチェルは殺される。
またハービーも、顔の半分に重度の火傷を負うことになる。 - 24.大金ラウを留置所から連れ出したジョーカーは、彼の管理していた大金を持ち出し、マフィアをそこに呼んだ。
そこで大金の半分を焼き払ったジョーカーは、悪党たちのボスに成り代わることに成功したのだった。 - 25.テレビテレビ番組に出演中のリースは、そこでバットマンの正体を暴露しようとした。
しかし番組を見たジョーカーは番組宛てに電話をかけ、60分以内に誰かがリースを殺さないと病院を吹き飛ばすと予告した。 - 26.陽動ひと気の消えた市内のありとあらゆる病院。これを利用し、ジョーカーは入院中のハービーへと近付く。
彼の信念を誘導することに成功したジョーカーは、病院を爆破してその場をあとにした。 - 27.混沌ニュースキャスターを拉致したジョーカーは、街を更なる混沌へ導くことをビデオ越しに語らせる。
市民は街の脱出を図るが、トンネルと橋には仕掛けがあることを前もってジョーカー伝えた。 - 28.断罪レイチェルが死んだ責を問うため、警察内部の裏切り者をひとりずつ訪ねていくハービー。
彼はコインの裏表に命運を託させ、50%の確率に漏れた者を銃殺していく。 - 29.盗聴街中の電話回線を盗聴し、ジョーカーの居場所を割り出そうと目論むバットマン。
しかし道義性を欠いた行動に、ルーシャスはこの一件が片付いたら辞職することを明言した。 - 30.応報マローニの断罪に現れたハービー。彼はコインの命運に打ち勝ったものの、走行中の運転手が失敗したために、横転した車内で死亡した。
- 31.フェリーゴッサムシティを脱出しようと図る民間人と、移送される囚人たち。
しかし彼らの船には爆薬が積まれており、また互いの起爆スイッチを持たされる。
ジョーカー曰く、「先に相手の船を爆破した方だけが助かる」と。 - 32.妻子スパイを働いていたラミレス。彼女はコインに助けられたものの、電話でゴードンの妻子を呼び出させられる。
ハービーの行う試練には、汚職を見逃したゴードンも同じく含まれていたのだ。 - 33.特等席フェリーを一望できるビルに集められた人質50人。
ジョーカーの企みは不明ながらも、急がないとフェリーが爆破されると急ぐゴードン。
だがそこで、家族をさらったとハービーから連絡が入る。 - 34.対決ビルの最上階でジョーカーと再び対決するバットマン。
- 35.時間爆破予定時刻になったが、フェリーの乗員たちは誰もスイッチを押さなかった。
民間人も囚人も、互いを犠牲に生き残る未来を否定した。 - 36.決着起こるはずの爆破が起こらないことでジョーカーは自ら起爆を行おうと目論むも、遂にバットマンは彼を倒す。
しかし彼の真の目的が、ハービーを悪の道に染めることであったと知る。 - 37.トゥー・フェイスゴードンの目の前で彼の家族へコインの試練を課すハービー。
到着したバットマンはコインの命運で彼に撃たれる。 - 38.落下ゴードンの息子ジムへのコイントスをするハービーだったが、重傷ながらも生き残ったバットマンに組み伏せられる。
彼らは共に落下した末、ハービーだけが死亡した。 - 39.ダークナイト善の男であったハービーが悪の道へ堕ちたことを隠すため、バットマンは全ての罪を被ることを決意。
ゴードンに自分を指名手配させると、夜の闇へ消えていった。
歴代最高のジョーカー

ダークナイトを語る上で、故ヒース・レジャーの演じたジョーカーは外せない。
彼の演じた狂気に満ちた歴史上最高の悪役ぶりは、10年経った今でもなお、塗り替えられることのないワールド・レコードと呼べるだろう。
ジョーカーの特徴として、”無目的”であることが挙がる。彼には金も名誉も意味を為さず、その行動目的の先には、ひたすらの混沌を求めるのみだ。
爆発物と火薬の申し子。彼曰く、生活は驚くほど質素だと言う。ただただ、カオスが満ち溢れていればそれで満足なのだ。
作中で彼はいくつもの選択肢を提示する。そのいずれもが痛みを伴い、選んだ者を後悔の海に叩き落とす。
狡猾で残虐な二者択一はいずれも、驚くほど緻密に選択者の心理を揺さぶる。
アドリブ

作中で最も有名なアドリブシーンは、上記の拍手シーンだろう。
台本ではジョーカーはじっとゴードンを見つめているだけのはずが、ヒースは即興で拍手を追加することにした。
この拍手の間隔が絶妙な間であり、不気味さを演出するのにこれ以上のものはないだろう。また気味悪そうに檻の中を眺める警官らの視線も印象的で、場当たりで合わせたにしては最高のチームプレイだった。
その一方で、デマとして有名なのは病院の爆発シーンのアドリブ。
CGをほとんど使わずに危険な撮影に挑んだ当該場面では、何よりも安全確保が最優先となる。
土壇場で着火が出来なかったというのはプロ集団らしからぬミスであり、すなわちこれらが即興演出でないことを示唆しているだろう。
また、以下の動画で詳しく考察されている。
簡単に言えば、結果は
つまりは、アドリブでなく緻密に計算されたシーンだったということだ。
これは制作陣からのコメント引用もあるので、紛れもない事実になる。
単純な勧善懲悪を否定

昔からの単純なコミックヒーローと異なり、本作ではバットマンは、日の当たらない道を往くことを明確に決意する。
これはシンプルな正義のヒーロー像を嫌う視聴者らに多くの共感を受け、闇を抱えた騎士、タイトルの回収である”ダークナイト”の誕生を喜ばしいものとして捉えられた。
いつからか特にアメリカでは、奉仕精神に溢れた正義の塊のようなヒーロー像に対して疑問を呈する声が大きくなっていた。
これは主に戦争体験者の声に揺さぶられた部分が大きいと言われる。彼らは帰国の時に人々から英雄と呼ばれることを嫌ったのだ。
PTSDであったり悲惨な現状をその目で見て来た部分であったりと理由は様々だが、概ねこうした主張は広く受け入れられ、国民が単一的なヒーロー像そのものに対して意を唱えることになった。
例えばスパイダーマンやウルヴァリンも、心に抱える大きな葛藤を持つ。彼らは悩み苦しみ、時には罪を抱え、それでも自分の信じた道を走ることを決意する。
単純な理由なき正義感で無償の奉仕を行う古来のヒーローよりも、例に挙げた彼らの方がより人間らしく、身近に感じられるだろう。
タイトルから消えた、バットマンの文字。断腸の思いであったろうこの決断だが、非常に良い転機になったと感じる。
ボリュームたっぷり

とにかく起こる事件の数がハンパでない。冒頭からあらゆる勢力が凌ぎを削り合い、そこかしこで騒動が発生していく。
他作品であれば三作分ほどのボリュームを、まとめて2時間半に詰め込んでいるのだ。
視聴中に「そろそろクライマックスかな」と思えばジョーカーが再び暴れ出し、「もう結末かな」と思えばトゥーフェイスが暗躍し始める。
またそのシーン自体も随所でいちいち仕上がりが良すぎる。ほとんどCGを使わないことにこだわったというアクション場面は、現場のヒリつく緊張感がスクリーン越しに伝わるようである。
アクションといえば、バットマンの格闘戦が案外もったりというか、武術がウリの映画などに比べるとスピード感に欠けることに気が付くだろう。
だがこれは短所でなく、敢えてそう見せている節がある。
スーツの重量感を演出すると共に、ワンシーンワンシーンで「ここはしっかりと見せるよ」という気概を感じるのだ。変にエフェクトを乗せたりと誤魔化しはせず、生のままの殴り合いを見せつける。
スタイリッシュさには欠けるが、個性を生み出すにはこのようなやり口もひとつの手であろう。
評価
非の打ち所がない傑作。万人向けに勧められるだろう。
以下、考察及びネタバレ注意。
混沌と公平さ

公平感こそが混沌を引き起こす要因だと説いたジョーカー。
しかし彼は自身の傷跡を語るエピソードからも分かるように、嘘つきである。
彼の提示した、一見して公平に見える選択肢を見てみよう。
マフィアへの要求
ジョーカーにとってはマフィアですら、混沌のための駒でしかない。彼はバットマン殺害のオファーを委ねたようでいて、実際には実力行使で勢力を乗っ取った。
また初めから彼はバットマンを殺害するつもりはなく、バットマンあってこそのジョーカーであることを意識している。
そしてバットマンも同じく、犯罪者を殺さない、という自ら立てた誓いによってジョーカーを殺害出来ないのだ。
通常の作品では悪役が正義を滅ぼしたいと考えるのが定説な中で、この図式は異様であると言える。
何しろ言外でなく、堂々と殺したくない、と告げるのだから。
病院爆破
60分以内に密告者リースを殺さねば、病院を爆破するというもの。
ここでの真の目的はひと気の消えた病院でハービーとコンタクトし、更にその消息を絶たせることだ。
つまりはリースの生死などジョーカーには興味の無いことであり、また彼が恐らく保護によって難を逃れることは推測済みだった。
或いは、結果がどうあれ最終的には病院を爆破するつもりだっただろう。
ふたつのフェリー
一般人と囚人の乗る船に大量の爆薬を積み込み、互いの起爆装置を握らせた。結果的にゴッサムシティの住人らは自己犠牲の精神でこれを打ち破り、ジョーカーの目論見は崩れ去る。
ここでポイントなのが、爆破の起こらない船を見た彼が、自分で起爆装置を起動しようと試みる場面だ。すなわちゲームの結末を完全にプレイヤーに委ねているわけでなく、必要とあらばルールを破る面が見られることである。
これにより提示する選択肢が一見してフェアに見えるがその実、アンフェアなものであったことが確かになった。
また彼自身でバットマンへ、「ルール無視が賢い生き方だ」と言っている。公平感のあるゲームなど、初めから存在していなかった。
レイチェルの死
既知のようにジョーカーは、ハービーとレイチェルの位置を敢えて逆に教えることで彼女を死亡させ、また光の騎士はトゥーフェイスという闇へと堕ちた。
ハービーはこれをのちに「50-50の運」としたが、ジョーカーにとってはそうではなかった。
バットマン=ブルースがレイチェルを選ぶことは十中八九間違いのないことであり、すなわち前述の罠によって、彼女の死はほぼ確定していた。
また通話によって断末魔の声を聞かせるなど、ハービーの心を折る仕掛けは随所に施されている。
公平に見せかけた、実質アンフェアなゲームによって彼の正義感はどんどん歪んでいった。
病院でジョーカーがハービーに語った言葉も大半が嘘であり、真の陰謀家こそは彼自身だった。
終わりに
二度とヒースの演じるジョーカーを見ることはかなわない。それだけが何よりも悲しいことに思える。
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