密室サバイバルサスペンス映画、THE DIVIDEをレビュー及び 評価、感想、解説、考察。
あらすじ
世界は滅びたのか。

その日アパートの住人たちが目撃したのは、街を包むミサイルの炎だった。
阿鼻叫喚のさなか、命からがら地下のシェルターに逃げ延びた9人の男女。彼らは備蓄の食糧を徐々に減らしながら、その日その日を食い繋いでいく。
他に生存者の気配はなく、救助も来ない。
やがてじわりと絶望の影に侵食されていく彼らだったが、ある日重い鉄扉をグラインドカッターでこじ開ける何者かの来訪が、彼らの運命を決定付けたのだった。
感情のるつぼ

閉鎖系サバイバル映画の中でも地下を取り扱った作品では往々に、登場人物らの本性が徐々に剥き出しになる部分にスポットライトを当てている。
彼らの上っ面に隠したメッキが剥がれるにつれ、我々の予想しなかった側面を新たに見出すことになる。それが善かれ悪しかれ、その飾らぬ姿とありのままの本能にしばしば息をのむ。
ディヴァイドでもそれは同じことだ。単純な水や食料の不足といった目に見える糧の存在よりも、それによって誘引される恐怖や欲望のさまこそが、最も恐ろしい。
本作ではそれらお手本になるような出来映えで、登場人物らは各々の個性や信念を徐々に剥き出していく。彼らの真の姿を知った時、我々は何を思うだろう。
齟齬

本作を紹介する多くのメディアでは「地下に籠る生存者の元に現れる何者かが……」という部分にフォーカスしているが、実際のところそれは正しい語り口ではない。
この手の展開だとSF的にはエイリアン襲来を予想し、ホラー的には人智を超えたモンスター。アクションで言えば過激派組織の構成員だろうか。
しかしこの展開に対して劇的な変化を期待した視聴者の多くは、実際にそのシーンに行き当った時に肩を落とすであろう。何故ならディヴァイドを語る上でこの訪問者の来訪は、あくまで作品の一面しか捉えていないからだ。
過激な煽り文句や、一行紹介の手抜き扇動からは目を背けよう。
本作の主役は、ミサイルの炎を生き延びた9人の生存者たち。あくまで彼らのドラマによってのみ構築され、そしてそれは適切な表現方法なのだ。
生々しい描写

後半へ進めば進むほど、生々しい表現は加速する。一部で過激な暴力表現や、性描写も含まれるのでお茶の間での視聴には注意されたし。
ゴアに関しては若干の損壊表現はあるものの、直写でグロテスクシーンを収めている部分は見受けられない。
特筆すべきはそれらを間接的に肌で感じさせる秀逸なテクニックだ。湿っぽくて陰鬱な、気色の悪い空気感がまるでリアルにまとわりつくような不快感に溢れている。
悪霊も、エイリアンも、サイコパスキラーも居ない。そんな中でもじわりとねばっこい恐怖を感じさせるこの作品は、ある意味ではホラーに近い側面も兼ね備えているだろう。
ストーリーは無い

これは悪評でなく、事実を述べている。
ディヴァイドではおよそストーリーらしきストーリーは無く、いわば生存者らの書き溜めた日誌を映像化しているような構築になっている。
取り立てて大きな本流もなければ、些末と呼べるような出来事も無い。しかしこの手の作品で物語にアクセントを加えるような起伏や、爽快感を狙った伏線は不要だと制作は感じたのだろう。
淡々とただ、少しずつ壊れていく彼らを描き続ける。
絶望感や喪失感を表すのには、ぴったりな手法だったと思う。
評価
滅び、生存、絶望。
ディザスターにありがちなシチュエーションではあるが、今作では少し毛色が異なる。
リアリズム溢れたサバイバル作品好きならば太鼓判の一作だろう。
一部で設定の整合性や背景の煮詰めが足りないなどと揶揄される声もあるが、それは作品への理解力の不足だ。
深い理解力をもって読み解けば微細な部分にも矛盾はなく、そして行間で語られる背景の趣にきっと胸を奪われるだろう。
多くの映画がそうであるように、ディヴァイドもまた目に見えるものだけでその真実を推し量ることは出来ない。

以下、考察及びネタバレ注意。
何が起きたのか?
作中で明言されないミサイル発射の理由と、生存者たちを強襲した謎の部隊。
これらについて解説してみよう。
強襲部隊の目的

防護スーツを纏った強襲部隊。彼らはデルヴィンが救助要請のために使った無線通信を密かに傍受し、それに応答することなく突如来訪した。
そして全員を検めると、最も幼いウェンディに注射をし、ケースに詰めると連れ去った。
彼らは抵抗した者には発砲したが、かと言って全員を殺害する意図もなければ、救助に来た様子でもない。
ウェンディを除く全員を放置して、彼らは立ち去った。まるで幼い少女だけが特別扱いであるように。
そう、彼らの目的は幼子の獲得であった。逆にある程度の年齢以上の者には、まるで見えない判でも捺されているかのように興味を示さない。
隔離措置

このビニールハウスのような筒状の移動路に見覚えはあるだろうか。知らない方のために説明すると、これは主に空気感染の病原菌が大流行するのを阻止するための、隔離措置のひとつである。
つまりこの時点でミッキーが危惧していた、外の世界の核汚染説は消える。強襲部隊が防護服を着ていた理由は何らかの空気感染ウィルス対策であり、そしてそれは生存者たちの身を寄せる地下シェルターにも同様だった。
培養ケース

奇妙なケースの中には連れ去られたはずのウェンディが眠っており、またその他のケースにも同じような年ごろの男女が入っている。
彼らの生死は問うまでもない。そもそも殺害が目的ならば、わざわざ連れ去る必要はないのだ。
では少年少女らを連れ去った目的は?
ヒントはすぐそばに見えている。カゴに入った毛髪、まぶたに貼られたテープ。
そう、彼らは治療を受けている。毛髪が抜け落ち、眼に損傷のある何かしらの病気から。
溶接

生存者らによる偵察が明らかになり、押し寄せた強襲部隊によって唯一の出入口である扉は溶接された。
実際には彼らが侵略者で地下シェルターの住民が脅威を及ぼす可能性があるならば、閉じ込めなどせずに皆殺しにすべきだ。だが彼らはそうしなかった。
これにはふたつの意味がある。
一見相反するように見えるこのふたつだが、実はある一定の条件下でのみ成立する事柄だ。
発症

それは治癒の確立していないキャリア(保菌者)である、という事実しかない。
ここまでの過程が全て正しいとするならば、地下シェルターの生存者たちは全員が空気感染ウィルスの保菌者であるという事実のみがこの説を正しく提唱出来る。
致死性の空気感染ウィルスを媒介する地下住民たちを、しかし助ける手立ては存在しない。
ウェンディだけを治療させたのは、年齢に治癒条件が関わるか、或いは数に限りのある治療体制に、政府の打ち出した苦肉の策であるかの二択だろう。
この事実に実は作中で幾人かの生存者は気付いており、それに絶望したそぶりが見られることに気付くだろう。
またマリリンの真の死亡原因は暴力でなく、ウィルス発症が他より早かった為と推察される。
彼らの風貌がどんどん変化していくのは、単に飢えや乾きではない。
髪の抜け落ち、目元の腫れ。
全て培養液で治療されていた子供たちで示唆されている。
ひとり逃げ延びたエヴァにも、遠くない未来には等しく死の定めが訪れるだろう。
彼女は成功の象徴ではない。死神の鎌からほんの少し情けを頂戴しただけの、憐れな一市民だ。
ミサイル

ここまで推理した上で、ようやくミサイルの謎が解ける。
それは感染者の確認出来た区画に対して、ミサイル掃射を行うという非人道的行為だった。
しかしそのような自国を滅ぼしかねない、見方を変えれば自爆のような手段でなくては防げないほどの恐るべき致死性ウィルスだったのだ。
アメリカを攻撃したのはアメリカだった。
政府はミサイルで焼き払った各地を調査し、生き残りの存在を確かめる。その中でも一定の年齢以下の幼児は保護、治療を行い、その他の人物においては見捨てろとの命令を下した。
これが事の顛末だ。
終わりに
この映画の登場人物らは端役だ。
本当のドラマティックでスリリングな感染パニックストーリーはどこかの知らない誰かが演じていて、彼らの物語は派手で仰々しく、手に汗握るものだったろう。
エヴァたち9人の生存者は、まったく知らない誰かのまったく知らない取り決めで、まったく知らない方向へ運命の舵を切らされた。
誰も彼らを気に留めない。細々と生き、いつしか死んでいた。
彼らは、端役だ。
エンディングと相まって、なんとも物悲しい気分にさせられた。

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