ゾンビを扱った映画であるが、ゾンビの登場シーンがほとんど無い移植のサスペンス映画、The Returnedをレビュー及び 評価、感想、解説、考察。
あらすじ
ワクチンの尽きる日が近い。
第一次インフェクションで一億人以上の犠牲者を出した1980年代当時から、数十年の日々が経った。現在では感染からに36時間以内にワクチンを投与することで根治とはいかぬものの、当座の変質を避ける技術は確立されている。
その後も毎日の投与を欠かさなければ一般的な生活に支障はなく、現代社会においても相当数の潜在的感染者、「Returned(リターンド)」が文明生活を送っている。
だがそのワクチンの在庫が、少なくなっているとの噂が流れ始めた。
ウィルスワクチンでの治療専門院に勤めるケイトと、音楽講師のアレックス。彼らの幸せな共同生活にも、魔の足音は忍び寄っていた。
6年前にウィルス感染しリターンドとなったアレックスもまた、ワクチンなしでは長く人のままではいられない潜在感染者なのだ。
枯渇していくワクチン。反リターンドを称する過激派たちの暴挙。自体の収拾に乗り出す政府。
果たして彼らに、未来はあるか。
ゾンビはいない

この映画に登場するゾンビらしきゾンビは、ほぼ一体のみだ。大変珍しいことにゾンビ映画であるという根幹を持ちながら、インフェクションパニックを描かなかった稀有な例になる。
この背景としては、既に1980年代に多くの犠牲者を出した第一次大流行を世界は経験しており、既に社会全体がゾンビという存在に対しての取り扱いを心得ているという一面がある。
戒厳令でもないのに市中には軍が常駐し、また市民もそれを受け入れているさまが確認出来るだろう。
多くのゾンビ映画が感染流行開始~を描くのに対し、ゾンビ・リミットでは「その後の世界」を描いていることになる。ありそうでなかったこの切り口は、斬新で興味深い。
単純な感染パニック映画が観たい方には肩透かしではあるが、こういうアクセントの利いた作品を挟むと、よりゾンビワールドという世界への理解が深まるように感じる。
社会の目

多くの非感染者である多数派にとって、潜在的感染者の存在は脅威だ。これは現実に置き換えると分かりやすいが、
という問いになる。多くの人がそれにノー、と答えるだろう。
作中でも民衆による抗議はワクチン在庫量を政府が発表したことで一層加熱し、多くの者が彼らの隔離、或いは処分を願った。
一方で家族や友人にリターンドを持つ者らは彼らに執拗な糾弾や嫌がらせを受け、中には実力行使に出る団体すら現れる。
人対人。数多くのゾンビ作品で語られることのある構図が本作でも見られる。
ゴア表現

作中のほんの一部分だけややグロテスクなシーンが存在するものの、それすらもマイルドである。
概ね全編でゾンビの出現しない仕様であるため、苦手な方の視聴も可能になっている。
そもそも今作はホラーやスプラッターではないので、これらを期待したり忌避するのは間違いだ。
恐怖

ゾンビ・リミットでは、誰も彼もが行動の原理として「恐怖」を背中に感じている。
大切なものを失う恐怖、社会崩壊への恐怖、自己喪失への恐怖。
幸福で前向きな感情よりも、後ろ向きで暗い負の想いの方が強い。史実を見ても社会を大きく揺るがすのはいつでも、本質的な恐怖を同調させた者たちの強い団結力である。
彼らはひとりひとり、異なる道へと進んでいく。恐怖を抱えた者たちの末路がどうなるかは、自身の目で確かめてみてほしい。
邦題の酷さ
しばしばオリジナルとの乖離が揶揄される「邦題」だが、今回余りにも目に余る出来なので記した。
オリジナルは、
これは作中で潜在的感染者を指す呼称であり、戻って来た者、すなわちゾンビ化から帰還した者への賛辞であり、また生存者の喜びを内包した一言でもある。
この短い単語だけでワクチン開発当時の研究者たちの想いを推し量れる、いわばなくてはならないピースのひとつでもあるキーワード。
これをゾンビ・リミットなどという、キャッチーで、ややもすれば作品の印象を大きく変えてしまう理解不能なワードへと変貌させたのは罪深い。
評価
一風変わったゾンビ映画。パニックホラー作品に食傷気味である視聴者には、素晴らしいスパイスになるだろう。
以下、考察及びネタバレ注意。
過ち
この映画はケイトの過ちの記録を綴ったものだ。
彼女はエンディングの後ですら、自分自身の犯した数々の過ちに気が付かない。
ジェイコブは皮肉なことに彼女を「いつも冷静で感心する」と評したが、作中で誰よりも彼女は常に間違った道を選び続けた。
占有

アレックスの為にワクチンを買い占めるケイト。
日本国内でも「オイルショックでのペーパー買い占め」であったり、「震災時の食糧、燃料買い占め」が記憶に新しいだろう。
作中では実際にワクチン在庫は尽きかけていたが、現実では根も葉もないデマによって品薄になることが多々見られる。こうした自分本位で身勝手な行動を各々が取り続けるには、やはり恐怖という背景が存在するのだ。
結果的に占有行為で自身が損をするのは同じ。彼女がもっと公平な立場を保てば、名も知らぬ誰かが何人も救えただろう。
死体遺棄

反リターンド派の襲撃を撃退したケイトとアレックスは、その死体を遺棄することに決めた。
警察の追求の過程でアレックスが連行されることを恐れ、倫理感すらも失ってしまう。
この時点で彼女は引き返せない道へと足を踏み入れた。
隠避

アレックスを隔離しようとする警察官らに虚偽報告を行う。既に死体遺棄を犯した彼女に他の道はなく、嘘を嘘で塗り固めることになる。
もしも彼を素直に保護管理下に引き渡せば、その後の惨事も或いは回避出来たのかもしれない。
融通

院長に危険を冒させ、試薬を受け取るケイト。立場を利用して50日分のワクチンを手に入れたことは言うまでもなく、アレックスのためという大義名分であれば、どんな手段であれ構わず使う狡猾な一面が見える。
報告

喜びの報告をアレックスに伝えるケイト。
退院した元患者の少年の家族が、どんな目で自分を見ているかなど考えもしなかっただろう。迂闊で傲慢な彼女に対する罰は、誰ひとり幸福でない結果をもたらすことになった。
何もかも、無駄だったのだ。
送る

彼女にとっての唯一、最も古いの過ちの記憶とは母親のことだ。
第一次インフェクションパニックで重傷を負った母を、安らかに送ってやることが出来なかった。
逃げ出した自分を恨みながら母は、きっと冷たく固い、生ける屍としてこの世を彷徨っただろう。
繰り返したくない過ちの清算のために、今度こそ彼女は引き金を引くことを選んだ。
そしてアレックスは、無駄死にした。
すべてはケイトの業のために。
復讐

裏切り者に死を。
ケイトは赦しを与えない。きっと最後にはジェイコブとアンバーを見つけ出して殺すだろう。
彼女は省みない。自分の過ちに気が付いてすらいないからだ。
あらゆる災厄の中心に、いつも自分がいることを想像だにしていない。それは一種の、無自覚な死神だ。
アレックスの忘れ形見である息子をも巻き込んで、彼女の過ちは永遠に繰り返される。
終わりに
過ちの螺旋から抜け出せないケイト。
しかし彼女を非難することは出来ない。我々もいつしか、その道程を気づけば辿っているのかもしれないのだから。
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