ノルウェーを舞台にしたクライムサスペンス映画、THE SNOWMANをレビュー及び 評価、感想、解説、考察。
あらすじ
時期冬季五輪の最有力候補地として名の上がるオスロで、ひっそりとその事件は起き続けていた。
夫と子を残して消えた母。当初警察は、浮気が原因で家庭を捨てた不埒な母親と断定していたが、直近で転属してきた刑事カトリーネはその説に疑いを持っていた。
オスロ市内で数件発生していた他の失踪事件との共通点を見出した彼女は、かつては伝説の刑事として名を馳せた相棒、ハリーにそれを提言する。
五輪への期待感高まる市と、市長への忖度を見せる刑事部長は、この件を大々的に報じられぬよう、少数の精鋭で解決すべく捜査するように命じた。
だが事件背後に、複雑な過去と人間関係が網羅されていることに、この時まだ誰も知る由はなかった。
ハリー

刑事。過去の勲章から、「伝説の刑事」とかつては呼ばれていたようだ。
警察学校でも彼の解決した事件を模範として扱っているようで、その手腕が窺われる。
現在は不摂生な生活を送っており、ろくに署へも足を運ばず仕事をしないことで上からは睨まれている存在へ。部長が彼を庇ってきたが、それすらも今は危うい。
カトリーネ

ベルゲンから転任してきた刑事。ハリーと組んで雪だるま事件を追うことになった。
何やら隠し事があるらしく、捜査からは逸脱した独自の動きがときおり見られる。
美しいノルウェー

「 欧州・緑の首都 」にも選ばれたことのあるオスロや、ベルゲンの雪山の美しさは他に類を見ない。
要所でその美しい大自然をパノラマに、事件の凄惨さと厳かな大地が対比される。
これらはアメリカ映画や日本映画ではなかなか見られる描写でなく、意図して自然をバックとした作品作りを意識していることが感じられるだろう。
視点を変えれば「余計な部分で尺稼ぎ」とも捉えられるかもしれないが、自然の風景を愛する者には素晴らしい景観を楽しめるというメリットも存在している。
個人的にはかなり好みの撮影方法だったと感じた。
ゴア表現

一般的な刑事ドラマよりも、かなりショッキングな一面を持つ本作。
斬首や遺体損壊などが見られ、耐性の無い方には注意を喚起しておく。
一部でCGシーンも含むこれだが、なかなか出来自体は良い。ショットガンによる頭部破損や、斬首した頭部の取り扱いなど、結構なサイコキラーぶりが目に新しい。
アーティスティックな死体オブジェを創作するレクター博士ほどでないものの、このSNOWMANもそこそこのやり手を思わせる仕事ぶりだ。
アハ体験はない

ハリーはブランクで鈍っている設定なのか、今回の事件に於いては案外鈍くて捜査を進める手筈も悪い。
引き換えに相棒のカトリーネの方がよっぱど事件の核心へ迫る力には長けていて、皮肉なことに彼女を疑うことでしかハリーは前進の手段を持っていないのだ。
こうした出来の悪い刑事を描くには、少々映画作品では厳しい。これが連続ドラマ作品であれば、彼の成長や苦難へ立ち向かう姿勢を共感するに至るだろうが、あいにくこちらには二時間という縛りが存在しているのだ。
また事件の謎が明らかになる過程に、一種の天啓を得た瞬間のような、衝撃的展開が圧倒的に欠けている部分が目立つ。
なあなあでなんとなく進行した事件に、勝手に絡んで来たSNOWMANが自滅的敗北を喫するまでを描いたと言って遜色ない。
正直ミステリーやサスペンスとしての出来は非常に悪いとしか言いようがないだろう。
動機不足

サイコキラーやテロリストなど様々な殺人鬼には、必ず彼らの生い立ちにおいて、その人格を形成するまでに起きた事件や出来事を描く必要がある。
またそれらに加え、殺人に至らせる動機や被害者の選定が序盤はまだしも、のちのちには明確であることも重要だ。
ではSNOWMANはどうか。彼あるいは彼女は、確かに明確な生い立ちの出来事があるものの、しかしそれがすべての凶行と結びつくかと言えば、いささか不明瞭な部分も存在している。
サイコキラーを扱った題材で殺人の動機がブレると、途端にその顔の見えない人物への魅力は薄れる。それが保身のためのものであれば尚更だ。
評価
風景作品としては一級品、スプラッターとしては並み以上、ミステリーとしては及第点以下。
万人には勧められないが、欧州映画に興味があるならば見てみるのもいいだろう。

以下、考察及びネタバレ注意。
考察:各人物の過去
過去を紐解くことで事件の裏を解説していこうと思う。
ハリー

少年時代
冒頭で少年が「おじさん」と警察官を呼んでいた部分と、一週間空けて署へ勤務に来たハリーが「おじが死んだんだ」という箇所でミスリードを誘った。(機能しているかは疑わしいが)
つまり実際のハリーの少年時代は描写されておらず、分かっているのはある程度に留められることになる。
過去に受けた数々の勲章
文字通りで、伝説の刑事と呼ばれるほどの腕であったようだ。作中でその面影はないが、エンディングで義指をはめた彼が、これからの活躍を期待させる幕引きになった。
アルコール中毒患者
アルコール浸りで妻子と別れたことは周知だ。
これはきっかけについては明確に触れられていないが、少なくともオレグが家庭に居た頃の話なのは確定している。
また免許を持っていないとカトリーネに話したが運転技術は有るという場面から、酒を飲んで運転したことで免許取り消しになった過去が垣間見える。
ここで受けたであろう停職処分が関係しているかもしれないが、事実は不明。
またアルコールで生活を破壊していた頃の姿はマティアスにも確認されており、そうした過去からターゲットに選ばれたのだろう。
現在では、酒を完全に絶っているのはカトリーネの部屋で明らかになる。
処方された薬
「ヴァルゼテト」という新薬を睡眠薬としてマティアスから処方されたハリーだが、この薬を偶然発見した元妻、ラケルの反応を不可解に思った方も多いだろう。
これは現実には存在しない架空の薬だが、その後のラケルの、
という反応から、これが実は睡眠導入剤でなかったと推察される。
ではこの薬はいったい?
ホルモン治療に見解の深いマティアスは、 決して親切心ではない、被害者への侮蔑としてこの薬を処方したのだ。
それは不妊治療薬である。
これはラストシーンで明らかになる、オレグが実の子でないという事実や、マティアスの狙う人物像から、ハリーが実は不妊症であったという真相に辿り着くだろう。
ちなみに「よく眠れるようになった」とマティアスに語ったハリーから、この薬を摂取していなかったことが窺える。
カトリーネ

少女時代
刑事の父、ラフトーがショットガンで頭を吹き飛ばされる。彼もまたアルコール依存症で、家庭を顧みない人柄だったと思われる。
この時点で刑事になり、犯人を追うことを誓ったと推測される。
独自捜査
ステープによる土地の買収や買春の実態を独自リサーチした彼女は、殺人にも関与していると目星をつける。
ベルケンからオスロへ転任したのは、おそらく転属願いを自ら提出したものによるだろう。
ステープの本拠地であるオスロへ赴任した彼女は、誤った先入観で真犯人を見る眼を曇らせた。
そうしてSNOWMANの餌食となる。
不明な点
マティアスにより殺害されたカトリーネだが、この点は当作品最大の謎にして最も違和感を感じる部分になる。
というのも彼女はマティアスのプロファイリングに依れば、殺害すべき人物像に当てはまらないからだ。
この説は否定される。
直近のいずれの失踪事件でもSNOWMANの手によって子供が犠牲になったケースはなく、父ラフトーの一件でターゲットの家族として認識されていたとして、唯一異なるパターンとして彼女が犠牲になるのは納得のいく説明にはならない。
この説も怪しい。
殺害された段階でカトリーネは完全にステープを真犯人と思い込んでおり、マティアスに辿り着ける要素は皆無だった。
殺害時に指を切り取られて指紋認証から端末のデータを消されたが、ここで有効なデータはホテルの部屋での映像のみであり、事実二日以上前のエビデンスはすべて健在であった。
つまり証拠隠滅のために、わざわざ危険を冒してマティアスが大勢の集うホテルでカトリーネを殺害する動機には、ほど遠いことが窺える。
まこと残念なことに、この説に繋がる。彼女は物語に起伏を与えるためだけに死んだ、なんとも憐れな存在だったのだ。
父と同じ末路を辿ったことで悲哀や運命感を演出したかったと思われるが、いかんせん不明瞭な部分が多すぎる。
またこの不可解なターゲット選択によって、視聴者の見るSNOWMANへの美学は大いに崩れた。
これは完全なシナリオ進行上のミステイクであり、取り返しのつかない大失態と呼べる。
カトリーネはあらゆる意味で、最後まで生きなければならない存在だった。
マティアス

少年時代
警察官のおじ、ヨーナスにより勉学指導を受ける。適切な回答を導けない時は、母が虐待を受けていた。
彼らの会話でヨーナスが実の父であることを知った彼は、自分達を見捨てていくヨーナスに追いすがる。
やがて全てに絶望した母は冷たい湖面にひとり沈み、自分を見捨てて死んだ母親へ強い憎しみを抱いた。
ベルゲンでの犯行
9年前にフレデリクの妻をターゲットとして雪山で殺害。この当時は斬首でなく、遺体をバラバラに刻んだ。
またフレデリクの友人であるラフトーが事件を捜査していることを知り、彼の殺害を実行。この件によりカトリーネの未来を運命付けた。
なお、密室での自殺という部分のトリック解明は明言されない。
現在の犯行
断頭し、雪だるまにそれを置いた。犯行前に通報するという、警察を舐めた手法を取った。
ターゲットとしてビルテを攫う。彼女は斬首の上で遺体をバラバラにされ、ヴェトレセンの自宅に置かれた。
一方で独身のヴェトレセンの殺害はターゲットとしてでなく、彼とマティアスを結びつけないための口封じとしてであった。だがビルテの亭主は見逃すという失態によって、その足跡を露わにすることとなった。
このヴェトレセンの殺害についても、カトリーネの件と同じくSNOWMANの美学を損なわせる要因となった。
ターゲットとして義理の息子、妻を攫う。そこへハリーをいざない、自分の過去を投影した状況を作り出した。
ここで問題と回答形式を行っていたが、仮にハリーが及第点を取った場合にマティアスが彼らをどうするべきだったかは不明瞭。正解でワイヤーを緩める描写から、単純な殺害前の遊びとして描かれていたとは考え辛い。
また真に過去を投影しているならば、本当なら当該箇所で回答者となるのはオレグであるべきだ。
にも関わらず父役:ハリーに対して質問を投げかけるのは疑問が残る。
またこれまでは子供に危害を加えていなかったSNOWMANが急遽心変わりをするのもややおかしな話だ。オレグの誘拐は、これまでのやり口と異なり過ぎる。
結果的にハリーの機転で両名は難を逃れたが、仮にそうならなかった場合の展開が全く推測出来ない点も含め、ラストシーンではSNOWMANの評価を大きく落とすこととなった。
雪だるま
彼が雪だるまを要所で描く行為に、作品内で解説が一切為されない。
男は頭を消し飛ばし、女はターゲットとして斬首する。この一連は理解したが、雪だるまへの繋がりは不明なままである。
終わりに
すべてに言えるのは、殺害の手法やターゲット選択に一貫性が欠けているということである。
こうしたブレはSNOWMANのキャラクター性を弱め、魅力を半減させる。
サイコキラー作品で犯人のキャラが薄いなど、それはもう作品の体すら怪しい。

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