地下シェルターで起きる疑心暗鬼を題材に描くSFミステリー映画、10 Cloverfield Laneをレビュー及び 評価、感想、解説、考察。
あらすじ
ある夜ミシェルは車を走らせている途中、事故を起こした。
意識を失った彼女が次に目覚めたのは、見覚えのない殺風景な個室だった。
どうやら扉は外からかんぬきがかかっているらしく、何者かが自分を監禁している事実に気付くミシェル。
やがて部屋に入ってきた男、ハワードはことのあらましをこう語り出した。
” アメリカは何者かの攻撃を受けた。ロシアの新兵器か火星人の襲来かは分からないが、ともかく大規模な攻撃で市民は死に絶え、空気も汚染された。外に出るのは危険だ “
真偽は不明だが、実質逃げ場を失った彼女とハワード、もうひとりの生存者エメットの三人は奇妙な避難生活を始めた。
ミシェル

洋服デザイナー見習い。
運転中に事故を起こし、ハワードの手でシェルターに運び込まれた。
大規模攻撃があったとされる時間に意識を失っていたため、事の真偽に疑問を抱いている。
またハワードに対して強い不信感を持ち、彼の言葉のほとんどを信用しない。
ハワード

シェルターの主。
元海軍で衛星に携わる仕事に関わっていたようで、だいぶ以前から対アメリカ攻撃を危惧し、安全な地下施設を設けることに専念していたようだ。
いわゆる、プレッパーズである。
イニシアチブを握ることに異常な執着を見せ、ミシェルやエメットが自分に従わないことが許せない。
また彼らが自分を差し置いて親しくすることにも激しく激昂する。
エメット

シェルター製作でハワードに雇われた男。
その存在を知っていた彼は、攻撃が開始された時にこの施設を訪ね、避難することを許された。
饒舌でお調子者であるため、ミシェルとはすぐに打ち解けた。
地下と地上

閉塞された地下と、それに面した農場の一部のみが今作の主なフィールド。
清々しい青空の見える外界には、触れただけで致死性のある猛毒が散布されているという。
またときおり何者かが上空を巡回している様子もあり、不穏な気配が立ち込めている。
一方で地下は快適とまで言わぬものの、安全の保障された生活と当面の食事は約束されている。
しかし地下シェルターの主ハワードには、どうにも信用の出来ない後ろ暗い過去が見え隠れする。
彼の本性は次第に明らかになる。
その過程でミシェルの中の不信感の芽はどんどんと育っていき、やがて大きな確信へと至るだろう。
前門の虎、後門の龍。
生き延びる為には何を選択すべきか。
演出

薄気味の悪いストーリー構成ではあるが、ホラー系ではなく謎解きサスペンスにSF要素の加わった味付けになっている。
主にハワードの気味の悪さが徐々に暴かれていく部分に比重を置いており、またこの役者はそのプロットにうまく応えたかたちだ。
意見すると、クライマックスのシーンが必要であったかは些か疑問だ。
シェルター内部の出来事だけで全編を彩ってもなんら不都合のある出来映えには思えない上、敢えて外界を見させないことで逆に想像力を煽ることも出来る。
あくまで中身の大半は閉塞系作品がウリなはずなので、ジャケットも含めてこの仕様には批判を投じるほかない。
或いはあのような危機をもっと中盤から匂わせて、シェルターの中ですら安全で無いと感じさせる仕組みでも良かったのではないかと思う。
対立構造が急展開で突如入れ替わってしまうため、意識の切り替えが不十分なままラストシーンを迎えてしまうことになる。
もっと早い段階でステージを移すべきだった。
背景

多くの閉鎖空間をステージとした作品では、暗闇でもがく登場人物たちの、辛い過去や背負った十字架が徐々に浮き彫りになる手法を使う。
これは闇からの脱出と共に己の内面に巣食う呪縛からの解放という二重構造を描くことで、単純な成功体験のみならず人間的躍進を同時に感じさせることの出来るテクニックだ。
そこまでに積んでいた「キャラクターの背景の見せ方」が自然であるほどこれは効果を発揮し、大きな共感や同調を生むことになる。
では10 クローバーフィールド・レーンはどうだったか。
控えめに言っても、ひどい有様だった。
隙あらば尺の合間で突如自分語りを始める不自然なエメットがその良い例で、彼の背景は薄っぺらい上に進行上でなんの意味も成していない。
唯一あのチケットがミシェルに対して若干の影響を与えたような描写はあるが、正直そのくだりが存在しなくても少しの違和感も感じない。
こんなことなら彼に関する過去などひと言も語らず、会話の隅っこだけにそれらしい匂わせ方をすべきだった。
ミシェルに関しては、一応の主役であるにも関わらず、彼女には何も語るべきバックボーンがない。
一応、記憶の中のそれらしき物語を少しだけ喋り、それが現況との対比と思われるが、これも正直何の役にも立たなかった。
ぺらぺらの主人公、それがミシェル。
三者の中で唯一これをうまく表現したのはハワードだが、そもそもストーリーの根幹がハワードの過去や目的を暴いていくシステムなので、これに失敗していたら作品の成立すら危うかっただろう。
評価

まず言っておきたいのは、ジャケットのバトルシップに惹かれて、宇宙船から人々が町中を逃げ惑うパニックアクションを期待しているなら、それは勢作陣のミスか、或いは純粋な悪意だ。
実際に未確認飛行物体が登場するのはごくわずかな時間にとどまり、大半の尺は地下でのミステリーに割かれる。
また、タイトルからクローバーフィールド/HAKAISHAの続編と勘違いする視聴者もいる上、勢作側が関連性を匂わすコメントを残している。
これでは内容に「裏切られた」と感じる方が居ても不思議でない。
今作品は地下の密室で起きるミステリー映画。
その事実を許容できるならば、この作品を観てもいいかもしれない。
以下、考察及びネタバレ注意。
ハワードの謎

ミシェルたちとの亀裂を決定的なものにしたのがメイガンに関する嘘。
このことでエメットは殺害され、またハワードもシェルターの中で火の海に包まれた。
では彼は精神病質者で、手当たり次第に生きた者を皆殺しにする殺戮マシーンだったのだろうか。
単語当てゲーム
ヒントは単語当てゲームでエメットがミシェルを指すカードを引いた時だ。
ハワードは「Woman」を指す単語がどうしても口から出せず、「Lil girl」「Lil child」としか表現出来なかった。
そして最後には「Lil Princess」と。
小さな王女様、は主に父親が娘に対して呼びかけるワードで、日本では使わないものの、英語圏では馴染みのある呼称になる。
これはミシェルに対して、自分の娘メイガンを投影していることの示唆だ。この時点でハワードが彼女に対して執着する謎の解答が出た。
彼はそばにいないメイガンの代替として、年若い女性を娘に見立てることにしたのだ。
エメットがミシェルに対して親しくすることを拒んだのも、これが理由になる。
自分の娘と目の前でいちゃつかれるのを良しとする父親は、そうそう居ないだろうから。
また尊敬と感謝を自分に感じるよう要求したのも、父という存在にこだわった結果だ。
世の多くの父親は往々にして、子供に対して威厳を示し、付き従うよう求めるものである。
ミシェルが回想で語った「酷い父親」はまさにハワードに暗喩されるものであり、そこからの逃走や反抗がすなわちシェルターからの脱出、である。
ブリタニー

大規模攻撃の起こる二年前に失踪した、エメットの妹の友人ブリタニー。彼女はイヤリングと”HELP”の文字を残して消えた。
恐らく彼女は死亡しているだろう。処理は例の過塩素酸で行ったはずだ。
もしかすると、その時処理するためにあのバレルを仕入れたのかもしれない。
彼女が死亡したいきさつだが、恐らく逃亡を企てたためと思われる。
当時は汚染されていない外界へ逃げ出すことに何の躊躇もなく、ハワードもその脅し文句は使えなかった。
度重なる逃走に娘の面影を見出すことを困難に感じたか、或いは言うことを聞かない娘にきつい躾を与えたか。
どちらにせよ、ブリタニーにはメイガン役は果たせなかった。
そうして彼は、新たな娘の依代を探すことになる。
エメットの殺害
衝撃的なワンシーンではあるが、ハワード側からこれを考察しよう。
元々誰もシェルターに入れるつもりのなかったハワードだが、建築に携わってくれたよしみで、エメットには特別に温情を見せた。
だが彼は次第に増長し、「娘」となにやら良からぬ画策を企てているようだ。
自分一人ならまだしも、「娘」を危険な目に曝そうという彼の暴挙を、黙っては見過ごせない。
揺るがぬ証拠を突き付けて問いただすと、彼は正直に白状した。
だがその内容に、ハワードは危険なものを感じただろう。銃を奪い取って自分を制圧するつもりだった、と。
その後、「娘」の身に何があるかなど考えたくもない。
洗いざらい素直に自白した彼に敬意こそ表すれど、やはりこの施設内に身を置かれるのは危険だ。
そう思い、「娘」のためにも引き金を引いた。
それほど不自然でない動機に思える。もちろん、彼が心を病んでいることは否定しない。
しかしエメットという危険因子を野放しにすることを不安に思い、殺害に至った。
これ自体は、行政や倫理観の壊れた世界観の作品内ではそれほど珍しくない描写である。
本物のメイガンはいずこに
恐らく不幸な事故で死亡したのではないか。それもずいぶん昔、少女の頃に。
心が壊れ、その代替を他者に見出すほどの狂いぶりでは、単なる離婚で接近禁止命令を受けた程度でないと推察する。
或いは彼自身の手で誤って殺害してしまった可能性もある。
良心の呵責に耐え切れず、娘の過去を改竄してしまったのだろう。彼自身、何が本当のことなのか理解出来ていないのかもしれない。
終わりに
ハワードのキャラクター性は非常によく出来ていたので、正直かなり惜しい作品だった。もっとその部分を煮詰めれば更に良い疑心暗鬼感が生まれたのではないだろうか。
何にしろ、ジャケットと内容の乖離だけは許せない事実ではあるのだが。
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