【映画】ザ・ドア 交差する世界/主役は人間じゃない?謎の世界を解剖【考察あり:ネタバレ注意】

スリラー

マッツ・ミケルセン演じる妻子を失った男の、過去を取り戻すためのSFサスペンス映画、Die Türをレビュー及び 評価、感想、解説、考察。

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あらすじ

堕落した有名絵画家、ダヴィッドはその日、近所の女性画家と不貞行為に耽っていた。妻を裏切り子を蔑ろにした彼は、それでも甘美なる快楽に抗えない。

ほんの少し、外出しただけだったのに。
庭のプールで溺死した愛娘を発見した彼の心は、粉々に砕かれた。


五年後。妻とは離縁され、溜息の日々を送るダヴィッド。もはや身だしなみすらも忘れ、後悔と慚愧に苛まれる彼は、ある日真冬の寒い夜に不釣り合いな青い蝶を見つける。

蝶に誘われるまま奇妙なトンネルをくぐった彼は、そこで死んだはずの娘の姿を発見するのだった。

ダヴィッド

コーヒーを飲むダヴィッド

画家。かなり癖のあるやや暴力的な絵画を得意としているようで、妻からはやや不評だったようだ。


近所の女性画家と不倫行為を行っており、情事のさなかに娘が溺死事故に遭っていた。家族への愛に欠けていることを当時は自覚しておらず、皮肉なことに娘の死でそれらに気が付かされる。
そこで彼は失った過去を並行世界にて補完しようと試みるのだ。

レオニー

プールから救い出されたレオニー

ダヴィッドとマヤの娘。青い蝶を追って庭で転び、プールで溺死する。
彼女を失ったことで、ダヴィッドとマヤは転げ落ちるように人生を壊してしまった。

マヤ

買い物から戻ったマヤ

ダヴィッドの妻。夫の不貞を薄々勘付いており、またそのせいで夫婦間の溝をつくっている。

娘の死後は別の男のアパートに転がり込み、ダヴィッドとの接触を一切絶っている。

設定はよく見る並行世界モノ

やつれたダヴィッド

割とやり尽くされた感のある並行世界システム。今回の舞台は五年前の世界であり、互いの世界にタイムパラドックスによる干渉を及ぼさないタイプだ。

各々は完全に独立した世界を持ち、住人はまったく同じ外見をしている。だが目聡い者からよくよく見ると、若干の違和感を感じる場合もあるようだ。

システム自体は目新しいものでもないが、結局舞台装置を活かすのは中身である脚本だ。
そういった意味でザ・ドアは並行世界という特色だけに依存せず、そこで描くストーリーにちゃんと重点を置いている。

タイムパラドックスを絡めると非常に物語が窮屈でSF寄りになりがちなので、ここを思い切って排したのは英断だったと感じる。

誰しも何らかの過去を取り戻したい

冬のプールで自害を試みるダヴィッド

誰であれ、大なり小なりの過去の過ちを取り返したいと願うことはすべからくあるだろう。
特にそれが、致命的なものであれば尚更。

ダヴィッドの過ちは娘を死なせてしまったことであり、それをなかったことに出来る手段が目の前に転がっていたならば、彼を非難など出来ようもない。
たとえその先に安寧の未来が無いことを薄々勘付いていたとして、僅かでも幸福に満ちた日々を享受したいと誰もが願うのではないか。

こうした過去への贖罪というテーマは、万人へ訴求力を持つ。過ちを犯したことがない者など、聖書にすらそうは居ないのだから。

綻び

親友に真実を知られ狼狽するダヴィッド

はじめに小さなウソをつけば、それを繕うためにより大きなウソが必要になる。そうして雪だるま式に積みあがったウソの塊は、いずれ綻んだ部分から瓦解していく。

いずれ彼が破滅することを我々は知っている。並行世界ストーリーでこれは必定であり、逃れ得ない運命だ。
問題はそれに伴う代償の大きさであり、果たしてダヴィッドの支払うべきツケはどのような形を見せるのだろう。

評価

ありふれた日常を失うな、と暗に我々にメッセージを送る本作。
現実には都合よく蝶は現れない。後悔の少ない人生のために、こうした作品で日々の恩寵への感謝を持つのも良いと感じた。

★★★☆☆
三ツ星の良作。
ザ・ドア 交差する世界(字幕版)
ザ・ドア 交差する世界(字幕版)




以下、考察及びネタバレ注意。






蝶の役目

手に止まる青い蝶

並行世界へのドアへと誘う青い蝶。この不思議な生物の目的は、いったい何なのだろう。
各種解説をしてみる。

青い蝶の意味

ネイティブアメリカン

神様の使い

オーストラリア

幸運のシンボル

中国

長寿、富



以上のように、世界中で共通の認識として、幸福や富を意味している青い蝶。
つまりこの蝶に誘われた者は五年前の世界で幸運を掴めるということであり、実際にダヴィッドは並行世界で束の間の幸福を味わった。

どうやら本作の青い蝶は、幸運を与える為に人間を誘っているということは間違いなさそうだ。

誘った範囲

では蝶はどの程度の人間をトンネルのドアへと誘ったのか。

これについて実は、ダヴィッドとレオニー以外の人物が蝶を目撃している現場は描写されていない。

すべての並行世界移動者は、蝶に誘われた



蝶がすべての人物を誘ったというパターン。
だが過去に未練を持つ者を平等に並行世界へ送ったと考えるのは、一見して辻褄が合いそうに見えるがシギーの発言を考慮するとやや不都合も生じる。

警察に言うヤツや、すぐに帰ろうとする者も居たよ
みんな森に埋めたけどな


シギーの語った、憐れな被害者たちがヒントになる。この名も無き彼らは、倫理観を捨ててでも過去を改変することを望まなかった。
スザンネとポールのように自分を殺すことはせず、怯えて逃げ出したり警察の保護を求めたり。

逆に言い換えれば彼らは、そこまでして改変したい過去など無かったのかもしれない。
であれば蝶は彼らの心の情景を見誤ったか、或いはそもそも誘っていないかのどちらかになる。

例のドアは、そこまで発見し辛いものでもない。このトンネルが誰にでもアクセス可能だとしたら、彼らは単に迷い込んだだけなのでは?

ダヴィッドだけを救済したかった


シギーは自身の並行世界との出会いでこう語った。

その時、ドアを見つけた


単にドアを見つけた、と語る。蝶を見つけた、とは言っていないのだ。
なので並行世界への入場チケットに、青い蝶の発見は含まれないのでないか、という推論に至るだろう。

そもそも暴行罪や交通違反の過ちと、娘を過失で亡くした過ちが釣り合うとは思えない。

であれば青い蝶が姿を現すのは、本当に耐えがたい心痛を察知した時だけであるか、或いはもうひとつのケースに絞られる。
ヒントは青い蝶の見えたレオニーだ。

誰がための

亡くなったレオニーへの贖罪


このケースでは、過去の過ちを正したかったのは人間だけでなく、青い蝶すらも含まれるというパターンになる。

本来であれば軽々に姿を見せてはならない青い蝶は、ふとした過ちでレオニーに姿を見られた。
その過程で運悪く溺死してしまった幼い彼女に、青い蝶は拭いようのない罪悪感をおぼえただろう。

せめて並行世界の中では幸せであってほしいと願う青い蝶は、必死にダヴィッドを探した。五年後の真冬に彼と出会った青い蝶の、手の中で弱々しく衰えた姿がそれを助長している。

そうして過去の過ちを悟り、より良い父となったダヴィッドを別世界に誘うことで、青い蝶の贖罪は成された。
つまりこの物語はダヴィッドが過去を清算するためのものでなく、青い蝶の罪を贖うための旅だったのではないか。

真相は分からない。

終わりに

実のところ、誰ひとりとして幸せな未来を掴めなかった本作のエンディング。

五年後の世界に行ったマヤとレオニーは父親を失い、五年前の世界に残されたダヴィッドとマヤは永久にレオニーを失う。


そして五年後の世界では、町はゴーストタウンになっているだろう。誰も彼もがみなこぞって、過去に未来を求めた・・・・・・・・・からだ。

哀愁の満ちたエンディングが忘れ難い。

ザ・ドア 交差する世界(字幕版)
ザ・ドア 交差する世界(字幕版)

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