【映画】ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生/ダンブルドア始動。期待してもいい?【ネタバレ:レビュー】

アクション

二作目となる魔法世界のファンタジー映画、Fantastic Beasts: The Crimes of Grindelwaldファンタスティック・ビースト2)をレビュー及び評価、感想、解説。

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あらすじ

オブスキュラス討伐、及びグリンデルバルドの捕縛から半年が経った。

彼の身柄は欧州に移送されることになったが、悪い予感は的中するものだ。見事に変わり身の魔法で監視の目を眩ました彼は、雷鳴轟く夜空に吸い込まれるようにして消えていった。


それから三か月。ニュートは一連の騒動を引き起こした責から、渡航禁止命令を下される。
そこで引き換えに、件の大罪人、グリンデルバルド捕獲の任務を促された。この任を受けるならば、好きに他国へ渡航して魔法動物の仕事を続けられるという、いわば取引だ。

これには兄のテセウスも絡んでおり、すなわち魔法省への入省を意味している。
だがすげなく彼はこれを断ると、魔法省をあとにしたのだった。


ニュートはひと目を忍んで街を歩く。彼の向かう先にはかつての恩師、ダンブルドアの姿が。
意味あり気に含みをもたせる伝説の魔法使い。彼の瞳が見据えている未来は、いったいいかなるものなのだろう。

舞台はパリ

パリの広場

今作の舞台はパリ。前回がNYだったことから、毎度世界中を飛び回る設定になることを予感させる。
セーヌ川やそこに展開するオープンテラスなど、それらしい特徴は揃えられている。

だが存外、美しい街並みへのフォーカスはない。Too washed基調の色抜きと、どこか物憂げな人々が印象的だ。雨の降る街に座り込むクイニーの様子などは、寂しくて冷たいパリを表した。

色合いに関して言えば、前作NYの絵柄が割り合いvividだったのに比べ、今作では欧州を表すためにこうしたイメージを盛り込んでいるためだ。同一連番作品でも国柄や視聴層に合わせて色調を変化させるという、気付きにくいテクニックになっている。

また次作ではオーストリアが舞台になる様子がラストで見られる。豪雪の大地をバックに描く魔法世界。簡易世界観光のような気分を味わえるのではないだろうか。

前作ラストはなんだったのか?

檻越しに見つめるクリーデンス

前作ラストでは、

オブスキュラス撃破(クリーデンス死亡)
グリンデルバルドの正体露見
ジェイコブとの別れ

このような出来事が起きた。


この中でグリンデルバルドがあっさりと脱獄したのは問題ない。これは既にハリーポッターシリーズで示されるように、彼に最後に引導を渡すのはダンブルドアであるからだ。(史実上なので、実際にどう描かれるかは不明だが)

だがどう考えても、他ふたつの扱いがどうにも納得のいく展開に思えない。

何事もなかったかのように生きているクリーデンス
哀しみの別れの後に、全く不都合なく記憶を保つジェイコブ


クリーデンス

クリーデンスに関して言うと、本作を最後まで観た方には彼が重要人物、つまりダンブルドアの弟であることは周知である。彼は後年、バーテンダーとして存命だった。(ハリーシリーズでいうところの7巻)


つまり構想の時点で既に彼が死ぬはずはなく、すなわち前作のラストは相応しい結末でなかったということが明らかになるのだ。
これは観客に感情の起伏を促す為の、単なる「お騒がせ演出」だ。
やや不快な組み立てに思える。

ジェイコブ

前作ラストでマグルとしての自分を受け入れるシーンでは、視聴者の大半が同じ立場であるように、かなり共感を喚起しやすい場面だった。
少し、いやかなり寂しさの残る彼との別れに、形容し難いような感情を抱いた方も少なくないと感じた。


それがここへ来て突如、「悪いことは忘れた。でも君たちとは良い思い出しかないよ」などというご都合主義をブチ込んできたので、それはもう驚かせられた。

彼というキャラクターにどの程度の声援が寄せられたかは不明だが、確かに味のある素晴らしいキャラであったことは認めよう。
しかし前回のたっぷり尺を使った「オブリビエイトシャワー」のシーンを丸々無かったことにしようとは。いやまったく。

この裏には、グリンデルバルドの誘いに乗ったクイニーとの決別を、出来る限り悲劇的に描く目的があったと思う。しかし軽々に彼の記憶を戻さずとも、種族の向こう側から想いを馳せる彼女の姿を描くことも容易であったはずだ。

記憶を取り戻すにせよ、もっと作品が進んでからでも遅くないように思えてならない。
今のままだと作品を連続で視聴した際に、彼があまりにもチープに映ってしまう。

不可解なフレンドシップの裏にある思惑

ハリー×ロン×ハーマイオニー



簡単に言えば、未だこの構図から脱却出来ていないのだ。
つまり固定の仲良しグループを形成し、その絆で強敵に立ち向かわせようという概念だ。


しかし今シリーズは少年時代を描くものではない。
大人の魔法使いが少年の心で悪に立ち向かうなどと聞かされると、うすら寒いものを感じる。
固定メンバー制を一掃しない限りは、劣化ハリーポッターの範疇をいつまでも抜け出すことは出来ないだろう。

ダンブルドアの黒い思惑

ホグワーツ前のニュートとダンブルドア

のちにヴォルデモートと唯一対抗しうる最強の魔法使いとして、魔法界に名を轟かせるダンブルドア。
彼は作中の時点でもかなり高名な魔法使いであり、グリンデルバルドとの対決を魔法省に要請される。


しかしハリーポッターシリーズ、特に書籍版を既読の方には周知の事実だが、序盤でこそ絶対的な正義の象徴として描かれた彼が、終盤ではその清廉潔白ぶりを揺るがすような事実がいくつも現れる。
ヴォルデモートやスネイプはこの真実を掴んでおり、いくたびもハリーやマクゴナガルは自身の理想像を疑うことになった。


ニュートもまた、多くを語らないダンブルドアの導きを受ける。前作では名前程度しか現れなかったものの、今作からは本格始動の様子が窺えるだろう。

ハリーシリーズでは彼を単純な善の象徴から、人心掌握で巧みに人を操る黒い一面を持つ老人にまで落とし込んだ。
このことで一気にハリーシリーズは泥臭く、また人間味の溢れるシナリオを獲得することが可能になった。

今シリーズでも似たような趣になるのかは、今後次第だろう。

とうとう現れた、説明くん

長い説明をするユスフ
  • 説明くんとは?
物語の尺や不整合を一気に回収すべく、あるポイントで謎を知る人物として登場するご都合キャラクター。
彼は特段の利己的な理由がなくとも、べらべらと真相を都合よく語ってくれる非常に有用な人物になる。

なお勝手に筆者が命名しただけで、同名のゆるキャラとは一切の関わりは無い。



ハリーシリーズの特徴として、登場人物の多さが挙がる。彼らはみな個性的かつ特徴的であり、各々の存在理由を掲げてストーリーの中を躍動することになる。

しかし登場人物の多さは、時として裏返しの刃にもなる。
それは上映時間中にキャラクターの事情を清算しきれないリスクが高まるからだ。特にメインシナリオに関わる者となれば、その重要性は格段に高い。


そんな時、説明くんの出番になる。彼らはメインストーリーの重要人物を集めると、急に演説を始めることで有名だ。その姿はどちらかと言うと、相対する者よりも視聴者側への説明口調になるのが特徴的。

本作の説明くんは、ユスフに委ねられた。彼は存分に舌を振るわせると、墓所で独白劇を完遂させた。呼応するようにリタも罪の記憶をぶちまけることになり、見事な短時間フラグ回収の仕事を彼らはやってのけたのだ。


当然だが、こういったご都合主義は不自然で奇妙に見え、大抵のコアユーザーからは冷笑を受ける。
詰め込み過ぎの弊害を体現したユスフの存在は、本作最大の被害者と言い換えてもいい。

評価

今作も単体として弱い作品。ハリーシリーズファン以外には非推奨。



次作に期待。と言いたいが、次作でも同じ感想になりそうなのが怖い。

★★☆☆☆
二つ星。
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