タイムリープから抜け出すために奮闘する男を描いたサスペンス映画、HUROKをレビュー及び評価、感想、解説 、考察。
あらすじ
麻薬原材料の運び屋を営むアダム。彼は大きな取引に目をつけ、恋人のアンナと共に別口でそのアンプルを売り捌くことを画策した。
無論、裏切りが露見すれば命は無いだろう。
だが実行直前、アンナが列車の切符を持って消えてしまう。麻薬密輸のためには、必ず乗車券を取り戻す必要があった。
なんとかアンナを見つけ出すアダム。しかし口論のさなか、なんと一台のバンが彼女をはね飛ばしたのだ。
狼狽した彼はその場を逃げ出し、ほうほうのていで自宅へ戻った。
アンナは死の間際、一本のビデオテープを遺した。彼はテープをデッキで再生すると、奇妙なものが映っていることに気付く。
ドアをノックする音。現れたプッシャーのデジュー。撃ち殺される自分。
まるで未来予知のような映像をなぞるかの如く、背後のドアがノックされた。
単なるタイムリープではない


またタイムリープか……
食傷だよ、もう。
こうしたマンネリを一撃で粉々に粉砕するのが、上記シーン。
思わずあっ、と声が出るほど驚いた。
- タイムリープの基本
前回記憶の持ち越しは作品でバラつき有り。
大抵がこのような認識だろう。
つまり厳密に言うと、本作は従来のようなタイムリープ作品ではないのだ。
これを分かりやすく例えるとするならば、
このようになると思われる。
図解

簡易的に図を作成した。
これは前回投下ラットの生死に関わらず、一定の速度で行われ続ける
またコース一周後は、同様のコースを再び走行し続けなければならない
箱庭のルール
一周毎に、アダム以外の人物が元の状態に戻ることは他作品と同じだ。
唯一にして最大の特徴が、同時間軸に数人のアダムが存在していることになる。
これは確認出来るだけでも、最低三人の同一人物が存在する箇所があった。
この特徴により、ありきたりなタイムリープ作品とは一線を画す存在へと昇華したと言っていい。
複雑怪奇なシナリオをコントロールする俯瞰視点が求められるのだ。
一部、整合性の欠いたような場面があるように感じるかと思う。
例えばラストのバスルームで対峙するふたりのアダムのシーンだ。
しかしこれは死なずに数周するラットが何匹も居る、と考えることで解決する。
また奇妙な気付きを示す部分では、前回ラットの記憶の一部を与えられていると認識するのがベター。
我々の主な視点になるのは「二人目のアダム」であるが、彼がアンナとの会話で「一人目のアダム」のデジャヴを感じるのはこのためだ。
必須通過点
×
可変であるとしたコースだが、この要素こそ避けられないチェックポイントになる。
いずれのシナリオを試みようとも、必ずこの二人が死亡していることに気付くだろう。
言い換えると、このバランスを崩すことがループ脱出のキーに思われる。
作中では明確なキーの条件は示されなかったが、少なくともアンナ生存ルートであることは確定している。
またアンナ死亡の要因でもあるデジューを、単純に殺害するだけではループ脱出にならないのがポイントだ。
ループしないもの
例外的に、アダム以外にもループしないものが存在する。
これはコースが可変である点からも、完全な拘束力を持った無限の回廊でないことを示している。
以下は、ループしなかった三種。
- ビデオテープの内容
- デジューのバンで倒されたピザ便バイク
- 電話で呼んだロードサービス
これらは次周でも引き継ぎ要素として残された。
クズ男っぷりが逆に清々しい

- 話し合い放棄で中絶要求
- 親のクルマを勝手に持ち出す
- 都合が悪くなると恋人も犠牲に逃げ出す
挙げればキリが無いが、ともかく冒頭からアダムのクズっぷりは全開だ。
だがシナリオが進行していく中で、彼は徐々に男らしい一面を見せ始める。
利己的な理由でなくアンナを助け、父親に別人のようだ、と言わしめる。
人間的成長をもってループ打破のキーとする作品はそこそこ多い。それは自らの殻を打ち破るさまを具体的に示すことの出来る、絶好の機会だからだ。
本作もご多聞に漏れず、同じシステムを採用している。
稀代のクズ男が更正していくさまを見守ろう。
アクション

この手のジャンルに不釣り合いなほど、アクションシーンにやたらと迫力がある。
轢かれるアンナしかり、事故シーンしかり。
やや大げさに味付けされたスタントだが、しかし一定の効果は生み出していると思っていい。
また特徴として、こうした場面でもほぼBGMを使用していない。
全編通して音楽が流れる箇所は極端に少なく、また使用する部分もかなり音量を絞られている。
更にシーンの印象を損なわないように、極力マッチした”あくまでバックミュージックであるべき”という、裏方的理念にも目が離せない。
音響頼みの神頼み、を否定する自信ある構成なのだ。
評価
精度良好のシステマティックなシナリオ。時間遡行モノが好きなら必見だ。

以下、考察及びネタバレ注意。
ラストシーンとループの謎

ラストシーンで示された、終わらないループの示唆。
フランスパンを与えた者は紛れもなくアダム自身であり、彼の視線の先に居るのは自身だろう。
冒頭の場面に戻ることで、再度麻薬アンプルを巡るタイムリープに陥ることが予測される。
ここからはいくつかの事柄が推測出来るだろう。
∞の印

エンディングでアンナが描いた∞のマーク。
冒頭でこれをアダムが消すことで「大きなループ」の存在を匂わせた。
しかしそもそも、このマークを彼女が記した意味とはいったい何なのかを考えねばならない。
単純な愛の誓いにしては、奇妙で陳腐に感じないだろうか?
意味深な留守電
以上、彼女が病院から残した伝言。
この部分で注目すべきは、「時には説明が難しい」「今回は簡単」このワードだ。
- 手に書いた∞マーク。
- 大きなループの存在。
- 説明が難しいが、簡単に乗り越えられる問題。
これらから導く結論はひとつだ。
∞マークで、終わらないループの存在をアダムに知らせようとしたのが真の意味。
理由は不明だが真実をそのまま口外することは出来ず、彼自身がタイムリープに気付く必要があるようだ。
よって意味深な伝言を残すに至った。
図解
大きなループの中の、小さなループ。
図で示すとこのようになる。

アンナの大きなラットレースの中を、アダムの小さなラットレースが走っている。
特性自体は共通で、前後のラットに接触することもある。
電車内で最後にアダムが見た自身の姿がこれだ。
アンナ脱出のキーは?
では具体的に、アンナがループから脱出するためのキーは何なのかを考察する。
伝言の内容を鑑みると、
- アダムがアンナを見捨てない
- 麻薬売買から手を引き、平穏に暮らす
- デジューから逃げ出すのはNG
- アンナ、アダム双方の生存
これらが妥当になる。
しかしポイントは、「今回は簡単」という部分。つまりこのタスクを完了しても新たなステージでは再び”小さなループ”にアダムは挑むことになる。
仮に彼が失敗すると、アンナは最初から”大きなループ”に挑戦しなければならないのだ。
このあまりにも過酷なラットレースは、果たしてどれだけ繰り返されているのかは窺い知れない。
デジューの奇妙な発言
デジューには一部、不可解な発言をする部分がある。
具体的に言うと、
この発言だ。
彼がなぜ、一度は信用して取引を任せたアダムを尋問するのか。
これについての主だった理由が上記の台詞になる。
ここでは以下に彼のタイムラインを作成した。
デジューの行動順
- 1.デジュー襲撃病院エレベーターでアダムに襲撃を受ける。
その後監禁され、自力脱出 - 2.アンナ襲撃逆上したデジューにより、病院内滞在中のアンナを襲撃。
彼女をバンに乗せると、アダムの部屋へ向かう。 - 3.アダム殺害逃亡しようとしたアダムを射殺。死体をバスタブに隠した。
隠蔽中に、アンナが脱走 - 4.アンナ殺害バンでアンナ追跡中、アダム目撃の動揺or不注意でアンナを轢き殺す。
- 5.デジュー死亡洗車場で血痕を洗う途中、アダムにより射殺される。
1.に戻る。
不整合な記憶
下段に関しては、毎回画面に映されていない「~~番目のアダム」による襲撃があると考えれば納得は可能だ。
ここで奇妙なのは、4番の事実をデジューは3番の時点で知っていることだ。
つまり生存・死亡に関わらずループ後も記憶を保持し、それがアダムを襲撃する主な理由となっているのである。
これを単なるシナリオの粗と捉えるか、或いはもうひとつ飛躍した理論を展開するか。
が、ひとまずここでは、別の伏線を拾うことにしよう。
記憶を継承している男

アダムに暴行を受け、病院送りになる轢き逃げの目撃者。
彼は一度、妙なことを口走った。
この発言はおかしい。
その場に居た男を指して、過去の対面を指摘する必要性は皆無なのだ。
つまり彼もまた、デジャヴによって前周の記憶をうっすらと残していることになる。
また徐々に見えてくる真相として、前述した理由の不明な”ループしない三種”についてだ。
これらが特殊な理由は特段無く、単純なループ世界の綻びが見えてくるのだ。
超常的なパワーを度外視した場合、これらのエビデンスが示す真実はいかなるものか?
都合の良すぎる父親

アダムの父について、奇妙な違和感を感じただろうか?
彼は情けない息子に異様に甘く、冒頭一度目のループ内ですらクルマを貸し、カネを与えようとした。
また麻薬取引に手を染めた息子とその恋人を案じて、彼らの為すままに協力を申し出る。
またアダムのタイムラインを推測するとどうしても不整合なのは、”父との複数回遭遇”が裏で行われている可能性になる。
つまり日に何度もクルマを貸してくれ、と頼みに来る息子に対して、彼がいささかの違和感も感じない部分だ。
これもシナリオ上の粗と思うだろうか?
しかしこの齟齬のある描写も、ある推測の根拠を強める。
無事な胎児

急ぎ父親に診察して貰うと、何の心配もないと言われる。
安心したアダムたちは、電車でどこかへ向かうのだった。
何かがおかしくないだろうか。
出血した母体を診察し、何一つ心配ないと言い切る父親。本来なら大事をとって、少し検査や入院を勧めないだろうか?
あまつさえ、彼女は傷を負っている。それが息子の花嫁とあらば尚更だろう。
また影響の無かった胎児、というのも疑問を感じる。
まるで誰もが、そうあって欲しいと願うかのような。
ドラッグ常習者という設定

序盤の一部で、アンナはジャンキーであるという事実が示される。
溜まり場の常習者は意識も虚ろで、頬を叩かれても反応すら示さない。
ここへ通う彼女もまた、似たような状態に陥っていた過去があると示唆されている。
またアダムと父親との会話で、
このような会話が為されることから、アダムもまたジャンキーであることが窺える。
しかし作中でこの設定が生きる場面は無い。ではこの描写は、単なる尺稼ぎの無意味なものだろうか?
いやそろそろ、真実の一歩手前まで届き得る局面だ。
ループ脱出の意味するもの
アンナの直面する”大きなループ”を脱出するキーを具体的に示す。
冒頭から推察すると、これがアンナがループを脱するためのキーだ。
疑問として、なぜ彼女がループの謎を提示しなかったか、である。
(超自然的約定の存在は今回、無視とする。魔女の制約で心臓を握られることはない。)
言わない、ということはすなわち、自ら気付いて欲しい、の裏返し。
つまり、真に彼女がアダムに求めたのはループの脱出ではなかった。
願望だ。
ここで不可解に優しく慈愛に満ちた、アダムの父親の謎が回収される。
ループ世界の中の、救いの手。いわば救済用のプロトコルとして彼は、”そうあるよう願われた”人物であることが見えた。
また無事な胎児も同様。
これは願望。アンナの願った、理想の終末。
すべての示す可能性
ここまでに拾い集めたエビデンスをすべて総集する。
- 不整合で、綻びの見えるループ世界
- アンナの願望を叶えるまで繰り返される大きなループ
- 理想の男になるまで、小さなループを延々と要求されるアダム
アンナの妄想世界説
あらゆる要素を鑑みると、この説が濃厚だ。
優しいアダムと無事な子ども。優しい世界の中で、平穏に暮らしていく世界を願ったアンナ。
言い換えるとこの要素は、現実では全て叶えられなかった事柄とも取れる。
ではアンナの身に起きた、真実のタイムラインを仮説的に打ちたてる。
真相
- 1.妊娠妊娠が発覚する。すでに三人目の子どもを、彼女は中絶することを拒んだ。
- 2.麻薬取引アダムは大金のため、麻薬裏取引を優先する。
アンナの協力が重要なため、また父親になるつもりがないために中絶を要求。
ここでは「検査だけ」とし、父親のところで診察を受けるよう促した - 3.中絶診察と偽り、アダムの父親は無断で中絶を行う。これはアダムとの口約束である。
デジューとの癒着がある彼にとって、息子の恋人を騙すことなど取るに足らない出来事だった。(彼女自身には不幸な流産、と伝えれば済む) - 4.出立子を絶たれた事実に絶望するアンナ。せめてアダムだけはそばにいて欲しいと、麻薬取引を中断するように頼む。
しかし彼はアンナを捨て、危険な取引へと向かった。 - 5.破滅あらゆるものを失ったアンナは、麻薬常習者の溜まり場でドラッグを使用する。
彼女の理想の世界ではアダムが戻ったが、現実にはひとり寝転ぶ彼女の姿があるだけであった。
上記はあくまで推測の域を出ない。
しかし彼女が求めた理想像と真逆の要素を並べていくと、概ねこのような真相があったのではないかと思われる。
終わりに
無限の苦難と刹那的な幸福を永遠に繰り返すアンナ。
アダムが”小さなループ”を踏破した瞬間のみ、彼女は束の間の幸せを味わうことが出来るのだ。

コメント
とてもわかりやすい解説でした。
アンナもループしているのかなと私も思っていましたが、アンナの妄想の中の世界をループしているのは思いつかなかったです。たぶんそうなんじゃないでしょうか。医者のお父さんが優し過ぎるのも赤ちゃんが無事なのも不思議でしたが妄想ならあり得ますよね。あと冒頭の赤い小さい車がクラクションを鳴らしていたのは気になりました。最後のシーンはループのマークと電車に乗っていたのでさらにループするんじゃないかなという感じがしました。
電車=ループするって別ですけどエヴァの考察であったので。
なぜ冒頭からループのマークがあったのかは気になります。アンナの妄想だから始めからあったのかなとも思います。