夢と現実をテーマに繰り広げられるSF映画、Inceptionをレビュー及び評価、感想、解説 、考察。
あらすじ
夢の抜き取りを生業にする産業スパイ、コブ。
彼と相棒のアーサーは、エネルギー産業の起業家、サイトーをターゲットにしていた。
見事に機密情報を抜き取ることに成功したコブだったが、実はこの案件がサイトー自らによる自作自演であり、試金石だったことが判明する。
改めてサイトーから提示された任務内容は、通常の”抜き取り”作業でなく、全く正反対の”植え付け”(インセプション)だった。
アメリカ国内で指名手配中のコブは、この容疑の取り下げと引き換えに任務を受諾。
競合エネルギー産業の御曹司、ロバートを狙ったインセプション作戦が始まった。
何重もの夢が舞台

こうした稀有な経験をしたことが、一度はあると思う。
本作では睡眠と明晰夢を人為的に引き起こし、更に夢を多人数で共有することが出来る。
また夢の中で更に夢を見ることも可能であり、下層へ降るほど深い記憶領域へのアクセスが容易になるシステムだ。
この複雑なシステムにより、作品の理解度が個々で大きく異なることになる。
人によっては何度も見直すことが必要になるだろう。
夢で死ぬことはない
基本的に夢の世界で起きた肉体的なダメージは、現実で影響を及ぼさない。
また夢の中での死は一段階上に上がるためのキーでしかなく、そのため死を前提とした脅迫などに意味は無い。
しかし一方で、夢の中で感じる痛みは現実同様だ。
またメインシナリオとなるロバートのインセプションでは、強力な鎮静剤の副作用によって、夢の死が現実の精神を崩壊させる可能性についても触れている。
更に上層の異常が下層に影響を与える部分も見られ、胸を撃たれたサイトーは徐々に下層で弱り始めていく。
直接的な死因にはなり得ないにせよ、ある程度の緊張感は保たれていると言っていいだろう。
図解:サイトーの機密奪取部分
やや煩雑な多重夢構造だが、図にすると案外簡単な仕組みであることが理解出来ると思う。
ここでは夢の主を表すために、機械工学で使われる【マスター/スレイブ】で人物を当てはめよう。(マスター=主 スレイブ=従)
M=Master
S=Slave

現実から第一層ではナッシュがマスターになった。
続いて一層から二層ではアーサーがマスターとなる。
図解:ロバートのインセプション部分

こちらはかなり夢への同行する人物が多くなるため、複雑さが増したように思えただろう。
- 現実から一層=ユスフ(調合屋)
- 一層から二層=アーサー
- 二層から三層=イームス(偽装屋)
- 三層から四層=コブ
このようになる。
また紫横線のコブとサイトーのみ、キックで目覚めずに一定期間四層に囚われることになった。
夢のルール
- 現実を除き、上層で起きた身体的変化がひとつ下の下層だけに伝わる
- 上層で聞いた音楽は下層で流れるため、合図として使われる
- 強めの振動や着水をキックと呼び、覚醒への安全なキーとなる
- 夢の主であっても、夢世界を都合良く操作することは出来ない
- 下層へ行くほど、現実での一秒が長く感じるようになっていく
- 夢の参加者の防衛本能により、異物と判断された主及び従は攻撃を受けることがある
- マスターが死亡すると夢の世界が崩壊する
こうした法則が見られる。
主従の関係性
作中では誰の見ている夢であろうと、その中で起きる展開の主導権は誰にも握られていないことが見える。
つまりマスターは単純なグループホストの意味合いしか持たず、優位性を引き出すことは出来ない。
世界を存在させるため以上の価値は無いと言っていいだろう。
夢突入時にコブたちは、マスターを務めた者はそれより下層へ向かわせていない。
しかしこれは夢に存在するルールでなく、キックを円滑に行うための安全策でしかない。
深層まで潜ったと回想するコブとモルでこれは示されている。
恐らく繰り返し同じ人物がマスターを務めたり、最低でも交互に入れ替わりで主従を入れ替えることが可能であるのは明白だ。
敵対者の謎

夢の中で現れた敵を好意的で都合良く解釈すると、
自己制御は不可能であるため、生みの親である彼自身にも危害を加えようとする。
これらは夢から醒める、という本能的危機回避の信号であると思われ、実際に自己破壊を試みているわけではない。
作中でコブが言うように、白血球の役割に置き換えると理解し易い。
しかしこの設定を用いても、唯一齟齬が解消しない場面がある。
それは冒頭の、夢二層目でサイトーが護衛者たちに指示をするシーンだ。
彼が都合良くコブとアーサーを排除出来る道理は無い。
白血球に指示を飛ばせる者など、居るはずがないのだ。
また二層目はアーサーがマスターであるため、隠れたマスターの能力説も否定される。
このように掘り返すと案外、粗がたくさん見つかる。
場面に緊張感を持たせるためといえ、やはり一貫した設定をやや見直すべきだったように感じる。
ツッコミを入れてみる

ここではちょっと意地悪に、野暮ったいツッコミを入れてみよう。
壮大な闘いの目的がショボい
容疑取り消しで再びアメリカ入国を果たしたい、という目的については理解出来る。
会えなかった子供と会いたい、と願う気持ちを揶揄するのは無粋だろう。
大元の依頼者、サイトーこそが問題の部分。
これだけ大迫力のバトルの目標が、「ライバルの御曹司を自滅させてくんね?」というのはちょっとちんまい願いに思える。
拝金主義が丸見えの、えらく下卑た野望なのだ。
もっと壮大にしろだの、ヒーローサイドに寄せろだのは言わない。
願わくばもう少しだけ、金銭以外の欲望を絡めてほしかった。
ロバート殺せば?
サイトーはすごい。
- 機密書類見られてもぜんぜんオッケー
- 昼飯のパスタぐらいの気軽さで航空会社を買っちゃう
- 殺人容疑?電話一本で消してやんよ
特に殺人容疑の箇所。電話口で殺人を揉み消せるほどの重要人物ならば、さぞかし政府関係者や執行機関に顔が利くだろう。
これ以上望みはないほどの権力を有している彼だが、それでもライバルエネルギー会社は潰したい。
だが彼は敢えて、ロバートの自壊を狙うという不確かでまどろっこしい方法を選んだ。
やる気になれば相手方の有力幹部を、シャワータイム中に全滅させられるほどの力を有していながら。
この夢作戦は彼にとって、遊びの一環でしかなかったのだろう。
サイトーはすごい。
メッセージはほぼゼロ

主にトリックやギミックへの傾注が過ぎて、作品自体のメッセージ感はゼロに等しい。
SFでこのような体系を取るのは逆に珍しいことだ。
一応それっぽいような場面が上記画像部分だが、病床の老人は生み出された虚偽イメージであり、ロバートはそれに引っかかるカモでしかない。
この背景を知っていながらなお感涙出来たのなら、さぞ日常の水分補給が忙しいことだろう。
だが別段、このような構成でも問題はない。
メインのエンターテイメント部を疎かにするよりかは、よほど好印象だ。
雑な仕様でまとめ部分に妙にメロウなシーンをブッ込んでくる、誤魔化し映画が参考にすべきスタンスだろう。
しかし本作で唯一、明確な意図の現れる場面がある。
それはラストシーンだ。
トーテムを振り返らないコブに、ある男の夢物語が重なった。
評価
理解度は少しだけ必要だが、SF、アクション好きには刺さる一作と思う。
以下、考察及びネタバレ注意。
ラストシーン考察

トーテムを回し、子供と再会するコブ。
ここで示唆されるのは、単純なハッピーエンドとそれ以外の可能性だ。
ハッピーエンドに関してはそのままで、「このあと、トーテムは止まった」となるだろう。
ここを深掘りすることに意味は全く無いので、今回はそれ以外の可能性を解説する。
- 第四階層説
- 第一階層説
大きく分けて、この二種類のバッドエンドを筆者は提唱する。
では考察していこう。
第四階層説

彼は第三層で昏睡したサイトーが四層へ落ちてきたはずだと考え、彼を救出しようと試みる。
サイトーが夢に囚われたままでは、殺人容疑を取り消されることはないのだから。
そしてどこかの島へ流れつくコブ。
そこで数十年の時を過ごしたサイトーの姿を発見する。
冒頭の伏線を回収したクライマックスシーンだが、気になるのはコブの年齢だろう。
なぜサイトーだけが年齢をとり、同じ階層に居たコブは未だ若々しいのだろうか。
また第一層の水没車も外せない。沈みゆくコブとサイトーを、仲間たちは助ける様子が無かった。
これは薄情であるという意味合いでなく、下層からの自力覚醒をしない限り上層で命を救っても無意味だからだろう。
忘れてはならないのが、強力な鎮静剤を使用した夢での死は、虚無に落ちると以前に話していた部分。
ふたりはどう考えても、数秒で溺死するだろう。
ハッピーエンドへの好意的な解釈だと、この水没でキックが起こり、ふたりは現実へ帰って来ている。
しかしもう一方の可能性では、彼らは水死に間に合わずに虚無落ちした、ということになる。
この説の強い部分として、サイトーの状況が挙がる。
作中で結局虚無の具体的なイメージは語られていないのだが、どう考えてもサイトーの状態はそれだ。
そこへ同じく同席するコブもまた、虚無に囚われていると言っていいだろう。
彼らが現実へ戻れない原因はこれだ。
結論:第四階層の虚無で見た妄想の光景
しかしコブにとって、そんなことはもうどうでもいいのかもしれない。
顔の見れなかった子供たちと、今は抱き合えているのだから。
以上が第四階層説になる。
問題点
この結論に辿り着いた方は多いと思う。
しかし最大の問題点としては、家族の再会を果たす場面において、母モルの伏線が回収されていないことだ。
彼女の謎を解かずに真相に辿り着いたと考えるのは、早計でないだろうか?
第一階層説

では第一階層説を解説していこう。
まずは作中で敵対し続けたコブの妻、モルについての謎を解かねばならない。
そもそもなぜ、夢に潜った?
コブとモルが夢に潜った経緯に触れられていないことに気付いただろうか。
彼らは単に、遊びや興味本位で深い階層へと潜り続けたのだろうか?
生家を見つめるモル。金庫の中にトーテムを仕舞い込んだ彼女。
現実を捨て、夢の世界に留まりたいと願うほどの真実。
彼女にいったい、何が起きたのか?
顔の見えない、ジェームズとフィリッパ

作中で夢に現れる子供たちに対して、コブが奇妙な拒否を見せることに気付いただろうか。
彼はどうしても最愛の子供らの顔が見れず、まるで自身に言い聞かせるように「本物じゃない」と呟く。
そう、最愛なのだ。
子供たちという存在は両親にとっては大抵一番であり、それ以上の優先順位は無い。
コブとモルがそうでなかった描写など見当たらず、同じように惜しみない愛情で接していたはずだ。
なのにその子供たちを現実に残し、夢の世界の住人になろうとしたモル。
この大いなる矛盾に、ある仮説がもやのように立ち込めるだろう。
それが矛盾でない、という仮説に。
独白
この台詞、一見してモルのインセプションについて語ったように思える。
しかし実際にはこれは、ふたつの事柄を指した独白なのではないか?
×
子供たちの死
- 夢に潜り続けた夫妻
- 夢から醒めることを拒んだ妻
- 罪の意識に苛まれ続ける夫
- 真実を忘れようと鍵をかけた母
- 子供の顔を見られない父
ジェームズとフィリッパは、死んでいた。
作中で全く示唆は無く、言及すら無い。しかしコブとモルの決断、会話、すれ違い、罪。
これらを総集した時に、この解以外では導けないのだ。
ではここで、タイムラインを用いて時系列を見てみよう。
仮説のタイムライン
- 1.子供たちの死列車事故で、幼い姉弟が死亡する。
コブは目を離した自分を責め続け、モルは堪えようの無い現実に打ちのめされる。 - 2.夢への逃避失った痛みに耐え切れなくなった夫妻は、夢へ逃げ込む。
いくつかの階層を経て、偽りの子供らと再会を果たした彼ら。
幸福な時間を感じる。 - 3.すれ違い夢の中で生き続けることは出来ない。
コブは夢から抜け出すことを妻に提案するが、子供を再び失う恐怖にモルはこれを拒否した。
やがてトーテムを封じ、真実を忘れることを願う。 - 4.虚無自身を失った夫妻は、虚無に落ちた。
- 5.インセプションコブは妻にインセプションを行う。
現実へ復帰した彼女だが、やがて自ら現実で命を絶つ。
これをコブは植え付けた概念のせいと決めつけたが、実際には癒えない心痛によるものであった可能性が高い。
矛盾点
だがこの説のおかしな部分として、現実でコブが子供たちに電話をしていた箇所がある。
これは彼らが実在する何よりの証拠であり、この仮説を真っ向から覆す材料になる。
だがよく思い出してもらいたい。
あくまでここで提唱しているのは、”第一階層説”であることを。
現実の定義とは?
成功の報酬として殺人容疑取り消しの恩赦を受け取ったコブ。
彼は急ぎ子供たちの元へ向かったのである。
この前提で進める。
重要なのは、「現実の定義」が作中で一度も示されない部分にある。
死ねば目覚め、死ねば目覚める。
作中でロバートやサイトーが「現実だろう」と思っていた階層が、実は夢であったのは
記憶に新しい。
結論:ラストシーンは第一階層の出来事

- 既に死んでいた子供たち
- 曖昧な現実の定義
- 荒唐無稽なスパイ計画
以上から、ラストシーンが第一階層であったと推察する。
作中で起きた出来事は全て夢の中であり、コブの協力者らも、自身で自己満足のために生み出した空虚な存在であった。
すなわち、この一階層は既に虚無化していることになる。
現実と定めた階層が既に一段階降った層であり、つまりひとつのミスリードとして機能させている。
疑問点
疑問として、妄想でなぜこれほど手の込んだことを行ったか、である。
これに関しては、
この説が強い。
自身の責で亡くなった子供たち。顔向けできなかった彼らに、正面から向き合うに足るほどの苦難を求めていたのだ。
美徳ではない
ラストシーンがいかなる説であろうと、実は皮肉な事実がひとつある。
それはコブがトーテムを見ない部分だ。
胡蝶の夢を例に挙げると、これは美徳であり、潔い姿に見える。
だがよくよく考えて欲しい。
トーテムを捨て、現実を見ないコブ。
これは亡き妻が犯した過ちをなぞっているのだ。
トーテムを封じ、現実を否定したモル。
つまりこれが純然たるハッピーエンドだとしても、彼が虚無に落ちたという事実だけは決して変わらない。
終わりに
夢の設定部分は思ったよりも簡単なのだが、いざ深読みし始めると五里霧中。
監督のクリストファー・ノーランは解釈を明言しないので、真実は闇の中である。
かなり系統の似た作品で、尚且つ同じディカプリオの主演したシャッター・アイランドもオススメになる。
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