陸の孤島と化した精神病棟が舞台のパニック映画、The INCIDENTをレビュー及び 評価、感想、解説、考察。
あらすじ
ジョージらは重度の精神病患者を収容した精神病棟のコックをしている。彼らは毎日病人たちの食事をこしらえると、ガラス越しにそれを配膳するのだ。

ある日、町を大型の低気圧が襲った。施設は停電し、自動ドアや電子ロックが彼らを閉じ込めることになった。悪いことに、収容された入所者たちの間にも興奮が起こり出す。
そして入所者たちは警備を襲い出す。瞬く間に施設は、興奮状態の入所者たちが支配する地獄へと化したのだ。
果たしてジョージたちは、無事に日を拝むことが出来るのか。
怠惰な警備員

本来、緊急時に対応すべき警備たちが電力の復旧を待ち待機を選んだことで、彼らは不意を突かれて命を失う。
このことで所内に残った正常な人間は、料理人であるジョージたちのみになった。
無論、警察に現状を伝えることも出来ていない。
すなわち、助けの見込めない状況で生き残ることを余儀なくされた四人は、自身の力で現況を打破する他ないのだ。
安全な場所などない

本来であれば入所者とそれ以外は明確な敷居で区切られ、安全の確保されたスペースで彼らとの接触を避けることが出来る。
しかし統制の利かぬ暴徒と化した入所者らには、そのような防壁は何の意味も為さない。
扉を破り、強化ガラスを枠ごと落とし、警備の死体からキーを奪って鉄格子をこじ開ける。
特に所内の構造に詳細については、ジョージたちよりも入所者に分がある。
地の利すらも奪われた彼らは、もはやこの地獄においてはピラミッドの最下層でしかないのだ。
ゴア演出

凄惨な死亡シーンや、一部で斬首された遺体のシーンがある。
一方で損壊や欠損といった描写にはそこまで強く追及しているわけでもないので、ライトユーザーでも正視に耐えるつくりではある。
どちらかといえば精神的な狂気を演出したり、痛々しさを見せつけることに特化している。
全体的に漂う不気味な雰囲気づくりが非常にマッチしていて、暗がりに蔓延る恐怖を堪能することが出来るだろう。
グリーンの存在

不気味な入所者、グリーン。ジョージだけはこの男に尋常ならざる何かを感じており、普段から警戒していた。
件の停電騒ぎに際して、彼の手引きで入所者たちが暴動を起こしていると踏んだジョージは、改めてその異常性を再確認した。
食事の際に配られている精神安定剤を吐き出すように他の入所者に促しているシーンがあり、停電時に安定性を欠いた暴れようを多くの者たちが見せたのはこの為だ。
何かしらの計画性をもって行動しているとすれば、それはジョージたちにとって脅威でしかないだろう。
本当に怖いのは

本当に怖いのは、幽霊よりも生きた人間だ。
しばしば聞かれるこの文言だが、当作品にはよく馴染む一言だ。
肉を持った生きた人間が、道徳や倫理観といった縛りを失って本能のままに欲望を貪る。それが精神の均衡を崩した者たちであるならば、尚更だ。
それらを光と闇のコントラストの中にうまく表現するための、「停電」というシチュエーション。下品過ぎない手法で根源的恐怖を煽る演出力に、味わい深い拘りを感じた。
評価
使い古された題材だが、閉鎖空間でのパニック映画としては上質。
伏線やその回収に関してもしっかりとしており、視聴者の想像力を働かせる仕組みになっている。
ホラー系、パニック系が好みの方にはお勧め出来る作品だ。
以下、考察及びネタバレ注意。
ラストシーンの意味

死んだはずのリッキーが甦り、マックスは嬉々として自分の指を落とす。
どうやらこれはジョージの妄想で、彼の心は未だにあの施設の中を彷徨っているようだ、という描写でエンディングを迎える。
つまりジョージは精神を病んだ。
皮肉なことに病人へ食事を配膳する立場であったはずの彼が、今度はそれを受ける側になってしまったということだ。

リンの看病を受けるジョージ。彼女の言葉にも無反応であることが見てとれる。
本来のエンディングはこのカットであり、その後のシーンは彼の眼の中だけに映っている妄想である。
何故病んだのか?
暴動騒ぎが心に大きな傷跡を残したことは間違いないが、それはきっかけのひとつだ。
冒頭からジョージにはナーバスでストレスに弱い表現がしばしば用いられており、元々精神のバランスを崩しかねない要因を持ち合わせていた。
また引き金の大部分を占めたのは、グリーンへの疑心暗鬼である。
彼への無意識化での恐れと停電騒ぎの併発が、ジョージの中で彼が暴動の扇動者であるとの確信を持つに至らせた。
彼との遭遇はジョージにとって、拭えないトラウマとなっただろう。
グリーンの目的とは?
実はグリーンには明確な目的や計画などなかった。
それどころか彼は、停電騒ぎの始まった序盤には、なんと既に死亡していたのだ。

この特徴的な指の形で死に絶えた入所者を覚えているだろうか。
彼は厨房のすぐそばで倒れ伏しており、最後に警察に保護されたジョージがその顔を見ると、それは紛れもなくグリーンその人であった。
彼の自ら食いちぎったはずの指は残されており、ここで視聴者である我々は「ジョージの妄想説」をにわかによぎらせ始める。

このシーンは、入所者たちが厨房に押し寄せて窓を突き破り乱入した部分だ。
ジョージらが脱出するその真下に、特徴的な同じ指の形をした死体が見えるだろう。
すなわちこの段階で既にグリーンは死亡している。
この後にジョージが見たグリーンの姿は全て妄想であり、彼の精神の均衡が崩れ出したのはこの辺りからだと推測出来る。
つまりグリーンは単に気味の悪い入所者であり、扇動者でも計画的脱走を企てる不埒者でもなかった。
ジョージの言葉を一蹴したマックスだが、実は彼が正しかったのだ。
どこまでが妄想なのか

ジョージの入院するシーンが事実であるとするならば、恐らく停電とそれに乗じた暴動騒ぎは実際に起きたことなのだろう。
マックスとリッキーは殺され、警備員たちも全滅した。
グリーンに関する事柄のみとエンディングの厨房だけが妄想であり、その他は悲惨な真実であったという見方が一般的だと思う。
だがここで、敢えてぶっ飛んだもう一つの仮説を打ち立ててみる。
細菌感染説
まず序盤でジョージが指を切ったシーン、及び怪しげな配達業者が持ち込んだ、頭付きのチキンとわけのわからない何かの肉。
これらは伏線にしては後に関わる場面もなく、なんとも意味ありげでいてその実、何のことは無い単なる仕込みの日常風景に見えた。

ここに引っ掛けて、ひとつ裏側のシナリオを考えてみる。
まずこの肉袋を溢してしまうカットがあった。
そこを片付ける部分こそ映されていないものの、内容量と飛散具合から恐らく、だいぶ苦労してジョージはそれを掃除しただろう。
ここでの細菌感染説を、筆者は妄想した。
ごった混ぜの怪しい肉に含まれた危険な細菌に傷付いた指で触れたジョージは、感染症を起こす。
時間をかけてそれらは彼の身体を侵食し、肉体の不調こそ顕著でなかったが、精神面で大きな不安定を引き起こした。
やがて彼は居ないはずのグリーンの影を見るようになり、そして完全に自我を喪失するに至った。
このシナリオの場合、もはやどこまでが真実かは判然としない。停電騒動の有無も、友の死も。
何が真相かは、各々の思考に委ねられる。
終わりに
精神異常系は真実にフィルターがかかりやすい。主観で描かれる場合に、その人物の正気がどこまで有効かを見定めるのが困難だからだ。
狂った世界であなただけの真実を追い求めよう。
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