【映画】東京喰種 トーキョーグール/超人気作の再現度いかに?【ネタバレ:レビュー】

アクション

人を喰らう喰種をテーマに描く人気コミックを実写化したアクション映画、Tokyo Ghoulをレビュー及び 評価、感想、解説。

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あらすじ

人を喰らう人類の敵、喰種(グール)

ある日カネキは臓器に大きな損傷を受ける大事故に遭い、同じく事故に遭い、即死した知人女性からの臓器移植を無断で施された。手術は成功を収め、カネキは順調に回復を見せる。

だがその一方で、奇妙なことに自身が一切の食事を受け付けないことに気が付くカネキ。事故前は美味しく食していた全てが、今では吐き気を催してならない。
道を歩く人々の姿を見ては口腔に噴き出る唾液が止まらず、ご馳走の匂いに誘われればそこには屍の痕。

移植された臓器は、喰種のものだった。
自身に起きた変化を受け入れられず、空腹の限界に達したカネキの身に降りかかる悲劇とは……。

カネキ:眼帯

カネキ

平凡な読書好き大学生。白鳩(ハト)からの呼び名は眼帯。リゼの臓器を移植されたことで、半人半喰種へと変貌することに。

人間から喰種へ変貌した稀有な例であり、その変化に初めは耐えられなかった。
トーカと芳村との出会いで、あんていくに身を寄せることになった。

トーカ:ラビット

トーカ

高校生で、あんていくのスタッフ。白鳩からの呼び名はラビット
店の常連だったリゼとカネキに面識があり、彼の喰種化についてある程度把握していた。

好戦的な一面がある一方、人間の友人との絆を大切にする面も見せる。

真戸・亜門:CCG捜査官(白鳩)

真戸、亜門

CCG捜査局員。作中舞台の20区に派遣された、本局のエリートである。

喰種は日本国内の法令上、人権を持たない。喰種を専門に操作する彼らは警察とは全く別の捜査機関であり、その行動は捜査令状や道義的責任に一切縛られることはない。

彼らは喰種との戦闘において、ケース詰めされたクインケという特殊武装を用いる。これは所有する各個人で全く特色が異なっているのが特徴的である。

実写化という楔

尾赫を出すカネキ

コミックやアニメーションを実写化すると、大きな楔がまず最初に立ちはだかる。
それは”原作との相違”という足かせだ。

実際のところ映画というのは単体で完結すべきコンテンツであり、それ自体の出来映えが確かならば別段、原作との相違点があることも許容されるべきと思う。
何故なら映画というものはコミックやアニメーションに比べ、時間的制約も発生するコストも段違いであるからだ。あらゆる要素を原作に忠実に再現するなど、どうやっても厳しいのは理解可能だろう。

しかし現実では省略に伴うストーリーの書き換えや、登場人物の加減などには厳しい目が向けられる。こうした動きには、

原作を汚すな!

忠実じゃない!

原作レイプ!



こういった声が寄せられることは珍しくない。前述した「単体として完結すべきコンテンツ」という考え方は少数派なのであろう。


本作はどうかというと、かなり原作の描写に忠実である部類に入る。一部キャストに対してイメージとの乖離を訴える視聴者も居るようではあるが、概ねミスキャストと言えるような人材適用とは思えなかった。

要所の細かい演出やストーリーの大筋も大半が合致しており、酷い大幅カットや原作既読前提の表現なども見られない。

だがこうした尺運びに、視聴中に逆に不安が押し寄せる。
それは「間に合わないな」という思いだ。
と同時に、ある程度の区切り部分をどこに見据えているかが判然とした段階で、この作品が大量の続編を控えたその第一作目であることに気が付いた。次作、次々作を前提としたシナリオ構築だったのだ。


映画最大の弱点である「時間的制約」を取り払った東京喰種。興行収入とスポンサーが途絶えない限りは、次回以降にも期待が出来るだろう。

(2019/07に二作目はリリース済み)

アクション部

羽赫を出すラビット

捜査官の用いる「クインケ」及び、喰種の血操術に似た武装「赫子(かぐね)」は完全CGで描かれる。出来自体はそこそこと言った感想だが、これを実存のプラクティカル・エフェクトで操作するにはかなりの危険性と労力が予想される為、妥当な選択であったと言える。

喰種、及び本局捜査官は常人とはかけ離れた膂力を持った存在として描かれる。ワイヤーアクションによる演出に加え、CGの武装同士が衝突する。

一方で登場する役者らのトレーニングにも注目したい。体術に相当な鍛錬を注いだ証として、見事な体捌きが後半では目白押しになる。


だがワイヤーアクションの使い方に若干の疑問点も残る。いかにも「吊ってます」、といわんばかりのシーンがいくらか見受けられ、常軌を逸した格闘を描くとはいえ、ややリアリティには欠ける場面に見えた。

カメラワーク

クインケを振るう亜門

アクションではカメラワークがキモだ。どれだけ見事なシーンでも、撮影技術や編集次第で台無しにも、更なる昇華も行える。

本作は大半がクレーンかブームカメラ、或いは極力スタビーを効かせたステディで撮影され、一見して手ぶれの大きい部分も後からの編集で付け足したものに見える。

ステディやスタビー調節の緩めなハンドヘルドを嫌う理由としては、「撮影側のミスでリテイクしたくない」というのが最大のポイントだろう。だが息遣いすらも感じるようなカメラワークを生むのは、こうした手持ちであるパターンが非常に多い。

あらゆる部分で見られる固定カメラ感が、いかにも無機質で硬質的な印象を植え付けるのを感じた。
人と喰種の葛藤や正義感をテーマにした揺さぶられるような熱いエモーションを秘めた作品にしては、こうした息遣い、感情の揺さぶり、内なる葛藤をファインダーに反映しきれていないように思う。

リテイクを恐れない、純粋に近い手持ち撮影をもっと追求しても良かったのではないだろうか。

BGM

睨む眼帯

概ね高評価と言える本作の中でたいへん足を引っ張ったのが、要所で流れる馬鹿みたいに荘厳なBGMの数々だ。

大半がオーケストラで構成されたこれらは、余計な手を加えずとも立派に機能しているシーンに対してチープでみみっちい印象を与える。

「シーンで与えたい印象に即した楽曲を流すと、なんとなくそれっぽくなる」



この穿った手法は低品質を中品質程度に持ち上げる作用こそあれど、上質を超上質やそれ以上に上げる効果などない。
映像クリエイター向けに差し出された過ちの聖杯は、未だ日本国内では伝家の宝刀として崇められているのだ。


制作陣は、現行で評価されている海外作品の多くを見るべきだ。およそ無駄な楽曲をクライマックスシーンで垂れ流す映画などそうそう無く、唯一の最善策として常に用いられるのはすなわち「無音」である。

荘厳で偉大な音楽の使用は、シーンに対する自信の無さの現れか、或いは自信ある描写を無為に貶める効能しか及ぼさない。

ミュートで見られないような心がけが必要に感じる。

評価

演者・脚本・アクションは上質なのに、撮影・編集側で足を引っ張る悲劇



とはいえ、原作信者にもそうでない方にも勧められる一作であったと感じる。

★★★☆☆
三ツ星の良作。
東京喰種 トーキョーグール
人の姿をしながら、人を喰らう怪人・喰種(グール)が潜む東京。平凡な大学生・カネキはある日事件にあい、喰種のリゼの臓器を移植されたことで、半喰種となってしまう。苦悩するカネキは、喰種が集まる喫茶店「あんていく」で働き始め、そこで女子高生トーカたちと出会い、喰種にも守るべき家族や友人がいることを知る。一方、喰種を駆逐すべく...



原作コミックは以下。

東京喰種トーキョーグール リマスター版 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)
【雑誌掲載時の著者カラー原画を収録したリマスター版!】“東京”には、或るひ&...



アニメ版は以下。

東京喰種トーキョーグール
「この世界は間違っている――」 東京に潜む『絶望』。 それは、人々に『死』以上の恐怖を与える怪人――“喰種”(グール)。 彼らはヒトに紛れ、ヒトを狩り、その死肉を喰らう。食物連鎖の頂点に君臨する“喰種”に怯えながら、人間たちはこの『間違った世界』を生きていた。 読書好きの大学生・カネキは、行きつけの喫茶店「あんていく」...



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